2017年5月23日 (火)

あるものはある、ないものはない。

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今夜はお茶の水OCCでの「歌声ペトラ」です。毎月新しい賛美歌をひとつずつ作り続けてきたこの活動も今年で20周年を数えるまでになりました。お茶の水以外にも、関西、滋賀、古河などでも開催されてきました。

歌声ペトラで僕は作曲を担当しています。良いことかどうかはまだわからないのですが、僕は作曲することにはそれほど困難を感じません。作詞に関してはテキトーなことを歌っていいんだったら、即興で作詞作曲をしてけっこう歌い続けられるのですが(汗)、ちゃんとしたテーマ性を持った詞となると僕にはとても難しく感じられます。それは普段の生活の中から「これがテーマだ!」と感じ受け取ること、そしてそれを抽出することが下手だからだと思います。気がつけば自分に高すぎるハードルを課して、結局何も作れない、という状態に追い込んでしまっています。

振り返ってみれば、思いつめて書いた曲が良い曲かというとそうでもないんです。きっと風にそよぐようにして、自然体で書いた方が良いのだと思います。ということは日々書き続けることが肝心ということになりますかね。今もこうして文字を打ちながら、違うハードルを上げ始めている自分に気がつきます(汗)。

話を歌声ペトラに戻しますが、歌声ペトラの237曲(今日現在)のすべての作詞は関根一夫牧師によるものなので、僕的にはあまり苦しまずに作曲をさせてもらっています。もっとクリエイティブにしなくちゃ、なんて考えなくもないのですが、これまでそうした感じで取り組んで良い結果を得たことがありません。クリエイティブは覚悟や意志の中にあるんじゃなくて、自然体の中にあるのかもしれません。あるものはある、ないものはないってことでしょうか。これはある意味怖いですけど、これを受け入れて晴れ晴れ生きることも良いかもしれないですね。

今年は20周年ということで、毎回ミニコンサート的なコーナーが加えられています。今夜はあの方が何か計画をしてくれています。その方が誰か、そして何をするのかは来てみてのお楽しみです。Ustreamの中継もありますので遠方の方も是非参加してください。19時スタートです。

あ!それと週末の投げ銭ライブも若干椅子が空いているようです。行こうと思っていらっしゃる方は是非事前に予約の方をお願いします。

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2017年5月22日 (月)

欠けに気がついている

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実は最近友人のフェイスブックの近況を垣間見ながら、何度か涙をこらえていました。

それは昨年からパピーウォーカーとして、盲導犬の訓練を受ける子犬を育ててきた夫妻の近況です。昨日その子がパピーウォーカーに育ててもらう期間を終えて訓練センターへと旅立っていったのです。

以前の僕は人と犬との絆を知らなかったので、涙がこみ上げるまではいかなかったと思いますが、妻の病の癒しのためにと飼い始めたBoogieとの暮らしの中で、犬の気持ち、飼い主の気持ちがわかるようになりました。

以前、盲導犬の働きを終えて、パピーウォーカーの元で余生を過ごす犬のことがテレビで取り上げられていました。

盲導犬の働きは人にはできない尊い働きですが、その犬にとっては責任の重い日々が続くわけですから、ストレスが多いと聞いたことがあります。その犬の一生を捧げていると言っても過言ではないでしょう。

もちろん生活を共にする飼い主さんとの信頼関係や愛情の交流があるわけですから、犬にとっても充実した喜びを感じていることと思いますが、トレーニングで学んだことを忠実に守り通している彼らの暮らしぶりは、僕にはとうてい真似できないことです。

テレビで取り上げられていたオリバーという犬はパピーウォーカーの元に帰った時に、子供のように甘え始めました。そう、普通の犬に戻ったんです。

盲導犬の育成と盲導犬たちは僕たちにとても大きな貢献をしてくれていますが、その中にある人と犬との交流に決して忘れてはいけない大切なものを教えられます。だからこそ今の日本でペットブームが起こっているのかもしれませんね。人は薄々自分の欠けに気がついているのかもしれません。

パピーウォーカーとしての働きをやり遂げた友人夫妻と犬のベンジーに乾杯!



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2017年5月21日 (日)

泣ける、笑える、いられる、

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昨日はお茶の水で開かれた「メディカルカフェ」という集まりで歌う機会がありました。メディカルカフェは癌を得て闘病されている方やそのご家族、医療関係に従事されている方が集う、リラックスした語らいの場です。

病気に限らず深刻な問題や悩みは、日常生活の中では口に出しにくいものです。それを言われた相手の困惑や動揺の想像がつきますし、その会話の内容によっては自分自分もかえって傷ついてしまうのではないかという不安もあります。

「メディカルカフェ」ではみなさんが同じような体験をされているので、自分自身の現状について安心して口に出すことができます。プログラムは榊原寛牧師のナビゲートによりスタートから笑いがあふれていました。

次に「メディカルカフェ」の母体となっている「一般社団法人がん哲学外来」理事長の樋野興夫先生の講話へと続きました。ぼそぼそっとした口調で語られる言葉に皆さんが耳を傾け、しばし心を休めていらっしゃるような印象を受けました。

続いて僕たち夫婦の番です。約40分ほどの時間、皆様とやりとりしつつ歌いましたが、予定になかったアンコールまで頂き良い時間となりました。

その後はテーブルを囲んでの語らいの時です。1時間ほど過ぎた頃に何人かのテーブルリーダーの方々からの今日の感想が話されました。詳しくは書けませんが僕はその中で何度か涙させられてしまいました。

一緒に泣ける、笑える、そしていられる、ってなんて素敵なことなのでしょうか。僕の若かった時代にはみんなと一緒に居られることを特別なことだなんて考えたことがありませんでした。でも最近は一緒にいること自体が難しくなってきているように感じます。自分以外の人と一緒にいたくないのかもしれないし、一緒にいてもそれは物理的に同じ場所にいるというだけになってしまっているかもしれません。それは家族でもそうなりつつあるということを聞いたことがあります。社会学者の宮台真司さんの言う「感情の劣化」が僕たちの生活全般にひたひたと及んでいるのかもしれないですね。

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2017年5月20日 (土)

思いつめすぎるのも考えもの

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ちょうど一週間前になりますが、ギタリストの佐藤克彦さんにお会いする機会がありました(その詳細はこちら)。

佐藤さんは以前から気になっていたギタリストのおひとりなんです。なぜ気になっていたかというとオープンチューニングで弾く第一人者だからです。オープンチューニング入門者の僕にとっては貴重な情報満載な方というわけです。

しかしこれまでお会いすることも、ライブで演奏を聴くこともできずじまいでした。それが先週思いがけずに演奏を聴けてお話しもすることができました。

お話ししたのは終演後だったので、僕は「多分音楽の話はあまりしたくないだろうなあ〜」と内心思いつつも、しかしここはチャンス、とばかりにタイミングを計って質問をしました。

まずはどのオープンチューニングなのか?です。佐藤さんはオープンDとのことでした。もうひとつの質問はスライドバーの形状と材質についてでした。佐藤さんは「今回も適当なのを持ってきた・・・」みたいなことをおっしゃっていました。ただし形状がストレート、あるいは内田勘太郎さんのカルピスの瓶のように逆アールがついているくらいの方がピッチが良いとおっしゃっていました。

これはぼくにとって新鮮でした。ピッチとスライドバーの重さは意識していましたが、形状によっても違いがあるとは感じていませんでした。そして佐藤さんの「今回も適当なのを持ってきた・・・」、が本当かどうかは微妙ですが(ぼくも自分を適当だといいながら、そうでもなかったりするので)、佐藤さんのリラックスした雰囲気が僕にも必要だと思いました。

今も目の前には8本のスライドバーが並んでいます。今朝も今日のコンサートで使おうと思っているリゾネーター(M-1)にどのバーが良いかとチェックをしていましたが、結論としては「適当なのを持って行こう」くらいが良いのだよなあ、と佐藤さんのやわらかな笑顔を思い出しながら考えました。とにかく思いつめすぎるのも考えものです(笑)。



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2017年5月19日 (金)

ほんの僅か

昨日リゾネーターギターのM-1(ウッドボディーのトライコーン)を弾いていたら、Style Oと何か違うと感じました。

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M-1の方が弾きやすいというかしっくりくるような感じです。きっと音色の違いなのだろうなくらいに思ったのですが、一応念のためにStyle Oを弾いてみたらなるほどというポイントに気がつきました。

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僕はリゾネーターを弾くときにはストラップを使っているのですが。M-1とStyle Oではストラップの向きを反対にしていました。どちらも革製のストラップで長さ調節をする方が細くなっていて、ベルトのバックルと同じ方式で長さを調整するタイプです。

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とにかくStyle Oの方は重量もあるので幅の広い方をギターのヒール(ネックとボディーのつなぎ目のところ)に装着しています。

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M-1の方は細い方をヒール側にしています。

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Style Oを弾いてみたところ、このストラップの向きが物理的にも心理的にも弾きやすさに影響しているかもしれないと思いました。そしてあれやこれや実験をしているとどうやら影響がありそうなのです。

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もうひとつ気がついたのはストラップが肩に当たる裏側の形状です。Style Oに使っていたのは裏側もきれいに革張り(本皮かどうかはわかりませんが)になっています。

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M-1の方はいわゆる皮の裏側のザラザラしたまま(スエード?)になっています。

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試しにStyle OにM-1と同じく、裏がザラザラしたストラップで細い方をヒール側に取り付けてみたところ、ぐっと弾きやすくなりました。

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その理由は、ストッラップが細いと高音弦を弾く時に邪魔にならないのと、手首がストラップに隠されずに(ほんの僅かですが)自然な感じに見えることです。

さらに裏側がザラザラした方が良いのは安定感が全く違うということ。要は滑らないということです。

こんなことどうして今まで気がつかなかったんだろうかと考えたわけですが、これまではリゾネーターほど頻繁に高音弦を使わなかったからだと思われます。先ほどカッコ内に「ほんの僅かですが」と書きましたが、プロの世界(普通じゃないこだわりの世界)はこのほんの僅かの積み重ねが結果に出ることを改めて実感しました。



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2017年5月18日 (木)

神様お願い

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昨日は1日オフにできましたが、結局家から一歩も出ずに過ごしました。オフとは言っても多少の仕事には手をつけましたし、気分転換にギターでも弾くか、と考えてしまう自分が可笑しかったです。実際に少しは弾きました(汗)。以前あるシンガーの方が「アーティストにオフはない」っておっしゃっていましたが(僕がアーティストかどうかは横に置いておいて)、そうかもしれないし、時にはずっとオフかもしれないなあ、なんて思います。

そんな私も今日は千葉にある東京基督教大学での非常勤講師です。もちろんギターとウクレレを教える講師です。みなさんは基督教というとどんな楽器を思い浮かべるでしょうか。やっぱりオルガンですよね。でも1960年代くらいから賛美歌のスタイルにも変化が生まれ、ポピュラーな楽器も少しずつ導入されるようになってきました。それで私のような者が講師として出かけているというわけです。

5年前の大学でのレッスン開始当初はグループレッスンもありましたが、それができるのは同じレベルの、と言いますかほぼ初心者レベルの人たちが集まらないとできないので、現在では全ての時間が個人レッスンになっています。元々の時間配分は一人につき20分でしたが、その時間ではどうにも対応しきれないので、無理をお願いして30分にしていただいています。他の楽器のクラスとのバランスもあるので、その分全体の回数は少なく設定されていますので、私のクラスは1年を通して16回となっています。

年に16回というのは多くても月に2回程度のレッスンですから本人の日々の練習と言いますか、楽器との親しさ加減が上達できるかどうかの分かれ目になります。教える方も機会が少ないですから、それぞれの必要を的確に指摘できるようにしなければいけません。なのでそれなりにプレッシャーを感じながら出かけていきます。あまり力んでも良い結果は得られませんから、人の知恵によらないところで教えないといけないですねえ。私が若かりし頃のグループサウンズ「ザ・テンプターズ」の曲に「神様お願い」っていう曲がありましたっけ。毎日その通りです。



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2017年5月17日 (水)

共鳴度合いがハンパない

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昨日は午前中の2時間ほどでしたが、スティールパン奏者の伊澤さんとの初音合わせをすることができました。この文章を書きながら昨日録音したものを聴いています。ひとまず結論から言いますと「とても良かった」です。音楽生活がここまで来てこんな出会いがあるなんて嬉しい限りです。

とても良かったその1はリゾネーターもスティールパンも四方八方、縦横無尽な楽器ではありません。どちらも構造的に、性格的に制約を持っています。でもそれが良いですね。たとえ奏でる音を壁のように厚くし埋め尽くしてやろうとしても、それはできません。音の中に風が吹き抜けていうような隙間があるんです。こういうの好きです。

とても良かったその2はリゾネーターもスティールパンも金属楽器です。時々「あれ、この音色は何の音色だ」と思ったのですが、それはおそらく僕が抱えているリゾネーターがスティールパンに共鳴しているのではないかと思います。互いの持っている共鳴度合いがハンパない感じがしました。

とても良かったその3は伊澤陽一さんという人です。あえてオールマイティーではないスティールパンの世界に身を投じた方なので、特別な感性をお持ちなのだとは想像していましたが、音を合わせながら、互いの音楽を響き合わせながら、初めてとは思えない心地よさがありました。「いい人」と言ってしまえばそれまでですが、大勢の子供達にスティールパンを教え、コンサートを開催している彼が見ているところと、僕が見ているところが、遠からず、というよりも「近い」ように感じました。

二人で音を合わせながら、背後からアコボンの音が聴こえてきました。27日は伊澤さんと由美子とのトリオで演奏しますが、秋に予定しているライブでは是非アコボンと一緒にスティールパンを奏でて欲しいと思いました。

まずは27日にギンイロヒコーキでみなさまをお待ちしています。席に限りがありますので是非事前に予約をお願いします。特にお車でのご来店は近くの駐車場を予約しますのでよろしくお願いします。


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2017年5月16日 (火)

細胞が喜ぶ

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最近古楽器の世界に出会い、自分の音楽世界が少し広がった感じがしています。そんな中ある方がスティングがリュートで歌っているアルバムがあることを教えてくださいました。ポリスのスティングがリュートで歌う?と聴いてストレートに興味を持つというよりは、驚きの方が勝ってしまい、自分の中のどこかが慌てました。

早速検索したところその作品にふれることができました。実際に聴いてもなんだか信じられないような気持ちになりました。今はYoutubeで聴いていますが、何度聴いても独特の別世界感(この世じゃないような感じ)があり、僕の細胞までが対応に手間取っているようにさえ感じます。

というわけで是非一度この世界にふれてみてください。

さて今日はスティールパン奏者の伊澤陽一さんとの初音合わせの日です。スティールパンとリゾネーターギターと歌ってどんな音世界を醸し出すのか、わかるようでわかりません。たぶん細胞が喜ぶような音の波が生まれることと思います。

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見た目はシルバー&シルバーでこれも結構不思議世界かもしれないです。

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2017年5月15日 (月)

カポ落下事件

長い演奏生活の中には笑えるハプニングというものがありますが、昨日は初めてのハプニングを体験しました。何曲目だったか忘れましたが、曲の終わりにさしかかった時に「スカッ、コトン」みたいな音がしました。「え!」と思って音のした方を見ると、カポタストが外れて落ちているではありませんか。

というのも一月ぐらい前からカポタストを付ける向きを反対にしていたのが原因のひとつです。

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以前は上から(6弦の方から)付けていたので、

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多少ゆるくても(そういうことは基本ないのですが)落ちるということはないはずですが、左手の押弦に少しでも余裕を待たせたいために(親指の居場所作り)、反対側から(1弦の方から)付けていました。それがおそらく低音弦を強く弾いた時に弦の振動に耐えられなくなって外れたのだと思います。

まあ外れても弾けた(だったら使わなけりゃあいいじゃないか)から良かったのですが、曲の終わりの方で良かったです(汗)。

左手の押弦の邪魔をしないという点ではこの昔ながらのダンロップのカポが良いのですが、

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付ける時に弦に対して横方向の力がかかって弦を引っ張ってしまうので、装着後のピッチに影響が出てしまいます。いろいろ執行錯誤をしてみましたがやはり微妙なので、昨日はこれまでメインで使ってきたアルミニウムのSHUBBカポを使用していました。普通のSHUBBカポよりも軽いので弦の振動の影響を受けやすいのかもしれないですね。

さて明日はいよいよスティールパン奏者の伊澤陽一さんとの初めての音合わせです。今日はそのための譜面の最終チェックをします。投げ銭ライブという敷居の低い(無い)ライブなのに譜面かあ・・・と伊澤さんも困惑するかもしれませんが、時間もタイトなのでひとまず譜面を用意しています。

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ギンイロヒコーキでのライブは毎回10日前くらいから席が残り少なくなってきますので、興味のある方は事前に予約をお願いします。お待ちしてま〜す。

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2017年5月14日 (日)

平凡なことばたち

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この春から始まった朝の連続ドラマ「ひよっこ」に思いっきりはまっています。主人公は僕よりも数歳上くらいの設定です(今だったら70歳くらいでしょうか)。ですからそこに描き出されるドラマがどこか懐かしく、身につまされるというかとてもよくわかります。

しかしだからと言ってそのドラマに引き込まれるかどうかは別問題です。逆に評論家的な冷めた観かたもできるでしょう。しかしなぜかこのドラマに、ほぼ毎日目頭を熱くさせられています。もちろん僕が歳をとったということもあるかもしれませんが・・・(笑)。

とにかくドラマのストーリーとセリフ、そして役者さんたちの演技がすごいと思います。それは全体を通して、僕たちが普段言葉としては口にしていても、忘れていると言いますか、いつしか内実の伴わないうわべだけの言葉になっているようなコトバを、ことばとして思い出させてくれているような気持ちにさせられるからです。

先日ニュースで教育勅語のことが話題になりましたが、ああいう特殊な意味合いを持ったものではない、庶民の生活にごくごく当たり前に登場するね平凡なことばたち。例えば、ありがとうとか、さようならとか、うれしいとか、またねとか、ずっととか、きっととか、そんな飾りっ気のないことばたちがとても新鮮に迫ってきます。

僕はこのドラマの作り手たちの、したたかで(良い意味で)大きなテーマ性を感じさせられます。桑田佳祐さんの歌う主題歌も、当時の歌のエッセンスがギリギリのラインで豊富に盛り込まれていてすごいと思います。ちょっと音楽が好きな人ならば良い意味で「ここってあの曲だよね」と楽しませてもらうことができるでしょう。

作り手たちの内にある大きなテーマと書きましたが、それを僕が自分なりにはっきりとことばで表現することはまだできません。ひとまずはどうしてこのドラマを観ながら目頭が熱くなるのかを、日々研究しようと思っています。


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