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2010年2月17日 (水)

無力感

100217
E-3 ZUMMILUX 25mm f1.7

ゴスペル音楽院で教える立場になって5年くらいになります。教えれば教えるほど、教えることの難しさを感じ、無力感が襲ってきます。

以前教師をしている友人にそんな話をしたところ、「報酬に見合った指導をするのが限界だよ」と言われたことがありました。確かに報酬や待遇で線を引くということもひとつの考え方ですし、教えることを労働として考えれば当たり前のことかもしれません。

しかしわたしの場合、使命というのは大げさですが、自分が経験してきた事柄を分かち合う必要を感じ、教えるという場所に踏み込んだという面があります。ですから報酬を得るための仕事としてだけでは割り切れないところがあります。

学生は歌の伴奏としてのギターを学びたいというニーズが多いようです。その為には正確で味わいのあるストロークとアルペジオができれば良いのです。それを身につけるために、貯金としてのテクニックをどれくらいの幅で教えてあげられるかがポイントです。

そうとわかっていても現実には様々な限界を感じます。教えるということの突き当たり(ゴール)はないかもしれませんが、授業のひとつひとつ、学生のひとりひとりに丁寧に向き合い続けることが、今のわたしにできることかなと言いつつ、漠然とした無力感と向き合っているわたしです。

おっと、落ち込んでいるわけではないのでご心配なく・・・。

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コメント

教職課程の授業で教授が、生徒に対して「誠実」であれと言った一言が心に残っています。これってCSの先生にも牧師にも当てはまりますよね。今、目の前の生徒に対して「誠実」に教えているかというのが自分に対する評価になっています。まあ、出来の悪い弟子が言うのも何ですが、岩渕さんは良い師匠として、多くのことを学ばせてくれていますよ。

投稿: ごえもん | 2010年2月17日 (水) 12時16分

ごえもんさん
ありがとうございます。「誠実」の継続もエネルギーが必要ですね。学生に対して誠実を放棄する時って、自分に対しても同じ事をしていることかも知れないですね。

投稿: ぶち | 2010年2月17日 (水) 12時20分

10数年ぶりに神学校のチャペルメッセージに行ってきました。
ぼくは、この間、やる気がなかったのではなく、そこの神学校の講師は僕でなくても代わりの説教者はいるだろうと、距離をおいていたのです。
今朝は、学生が1名、日本語があまり理解できない宣教師が1名・・私は神学校で知識以上に霊性いや人格を学んでくださいとお勧めをさせていただきました。幸い彼は午後からバイトがあると昼食をそこそこ出て行きました。学校より仕事場のほうがためになるかも・・本筋からそれちゃったけど、教えるって難しいですよね。
ぼくは大学で「職人論」を卒論で書きました。小僧は親方のわざを盗んでおぼえました。教えてもらえなかったのです。かんなくずや切りくずを見ておぼえたんですね。昔は・・現代は少し違うんでしょうね。でも基本は変わらないと思います。自分でそうなりたいという目標を感じてもらうことなのかな?分かりにくくなってしまったね。ごめんなさい。

投稿: くろp | 2010年2月17日 (水) 17時00分

くろpさん
「自分がこうなりたい」と目指すところが明確な人は学びに対する意識が違います。漠然と学んでいる人は、お互いに疲労するかも知れません。

投稿: ぶち | 2010年2月17日 (水) 17時30分

岩渕まことに師事を受けたギタリストがわんさか輩出しているのですね。happy02先が楽しみですよね。

私事で恐縮なのですが、自分の職場、所属部門はどちらかといえば技術系現場仕事。部署のマニュアルを編纂したのも主に私、従って新人に教える役割が回ってきます。(そんな大したこと教える訳でもないんですが)
その時、心がけているのはやり方よりも、その手順を踏む訳をけっこう時間かけて説明します。
というのは、私のやっている作業などは新しい機械が入ってくればころっと手順が変わるなんてことはよくある話。
根本を説くことと、方向性(作業を早く、的確にということ、プラスコンスタントに汎用性を持たせて等)を明確にすることの重要性を説きます。
だいたい二三週間もすると、結果めいたものが見えてきます。
私の感では伸びる人間に共通しているのは、自分のアクションというか動きというものにいつも理由を持っている(答えを持っている)ということ。そういう人は、仮に失敗したり、歩みが遅くても最終的には良い結果をだすように思います。
さて、私自身はというと、自分の教えた部下にどんどん追い抜かされて行ってます。ハハッ。wobbly

投稿: 春太郎 | 2010年2月17日 (水) 20時31分

教える場に恵まれるということってあります。

単にギターが習いたい人はそういうスクールに行くわけですが
そうじゃない人があつまっているところだからこそ教え甲斐もあることでしょうね。

投稿: めりー | 2010年2月18日 (木) 02時38分

春太郎さん
自分のアクションに理由をもっている事ってなるほどですね。何故これを学んでいくのかということを、明確にしてあげることが大事ですね。

めりーさん
そうですね。本科は総合的な学びをしますので、ギターを主科として学ぶ学生も、発声や指揮やピアノなどなどを学びます。

投稿: ぶち | 2010年2月18日 (木) 10時49分

先生!(*^.^*)shine
この一年、先生の教えを受けることを神様に大感謝!!
夜間の学生たちはそれぞれ個性的ですが、
一人ひとり丁寧に教えてくださってありがとうございます!
進歩が遅いですけど、(ノω・、)
この道をあきらめずに頑張って歩んで、
先生が教えたことを忘れませんよ!

投稿: 林(りん) | 2010年9月25日 (土) 11時20分

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