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2017年5月

2017年5月31日 (水)

突然星飛雄馬登場

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昨日久しぶりにスライドバーを買いました。タイプはガラス製で重いもの。重いと言ってもガラスですから金属製に比べればさほどではありません。

ここ1年ほどスライドバーをあれやこれや比較しながら、自分にはどのタイプが良いのかと試行錯誤してきました。最初は音色とサスティーンの長さが気になっていましたが、最近はそれと重量とのバランスでどのあたりが最良かということと、内径のサイズの違いによる指への負担というところに絞られてきました。

重量に関してはあまり重すぎない方が移動速度が速くなり、停止するときのブレも少ないのでピッチが良くなり、フレーズに余裕が出るようです。また内径のサイズに関しては、指にぴったりサイズの方が動きが良くなるのですが、他の指で押弦をするときにバーをはめている指も少し曲がってしまう傾向にあるので、指にぴったりのサイズだと関節付近に負担がかかってしまいます。

先日の2日続けてのライブではダンロップのエリック・サーディナスモデルを使っていました。

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僕が持っている中では金属製では一番軽く、長さも僕がバーを装着する小指にぴったりのサイズでありながら全弦をカヴァーすることができます。ただし重い金属製に比べるとサスティーンが劣ります。エリック・サーディナスはリゾネーターをエレクトリックギターのように使うので、このサスティーンで問題ないと思いますが、アコースティックでは少々物足りない感があります。もうひとつ決定的なのが重量が軽い分、弦への圧着感が少なく、それを指で補おうと余計な力を加えてしまうことです。結果時々嫌なノイズ音を出してしまいました。

ふと先日金沢でお会いしたギタリストの佐藤克彦さんが「スライドバーはRがない方がピッチが正確なんですよ(ギターの弦は1弦から3弦に向かって少し高くなり4弦から6弦に向かって低くなるようになっています)」とおっしゃっていたのが思い返されてきて、何本か持っているストレートなガラス製を試してみました。確かにピッチという面では良いかもしれません。あいにくある程度の厚みを持ったガラスのバーがなかったので、昨日重めのガラスのバーを買ってみたというわけです。

しかし僕は6弦を鳴らしながら1、2、3弦を鳴らすことがあるので、ストレートのバーだと6弦への圧着が弱くビビってしまうので、やはりRが付いていた方が良いようです。

そして昨日、数あるスライドバーたちから最終的に残ったのがこの2本でした。1本はLatch Lake SlideBar(左)のラージ?だと思います、内径が21ミリほどのもの。そしてもう1本は友人が作ってくれた真鍮製のスライドバー(右)です。

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これらは重量があるので動きやピッチに関してはトレーニングあるのみということになるのでしょうか。ここで突然星飛雄馬登場です(笑)。

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2017年5月30日 (火)

1+1が2じゃなくて

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半年ほど前から毎月秋葉原駅を使うようになりました。昨日がその日だったのですが、少し時間があったので、いつもと反対側の電気街口を出てみることにしました。そうしたら駅前のあまりの様変わりぶりに一瞬あっけにとられてしまいました。

あたりを見回すと、昔ながらのラジオ会館という看板が目に入ったのでひとまず入ってみることにしました。秋葉原駅前といえば以前はどちらかというと電気オタクのおじさんたちの姿が目立っていましたが、昨日はすっかり若者の街へと様変わりしていました。そして映画などに登場するロングヘアーにデイバッグスタイルの、まさにこれぞオタクさんにも遭遇。改めてアキバの変化を実感、体感しました。

ラジオ会館に入ってみるとなんとテナントの9割くらいはフィギュアやタレントグッズなどのお店のようです。エスカレーターですれ違う若者たちは普段はあまり日向に出ていないような感じがするほど、昆虫が蛹から下界へ飛びたした直後みたいな空気を醸し出していました(勝手な偏見すみません)。

エスカレーターで上がっていくと5階に昔ながらのオーディオショップを見つけましたが、3店舗が肩身が狭そうにしているのが印象的でした。

1件目のオーディオショップを覗いているとおじさんが(僕もおじさんだけど、いくつになってもおじさんはおじさんに見える)、「結構お客さんは来るんだけど、みんな眺めるだけで買ってくれないんだよなあ」とぼやいていました。僕も昨日はそのひとりなので内心「ゴメンナサイ」でした。

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店をハシゴしながら中古のオーディオ機器を眺めていると、僕の中にいる少年が少し目覚めるような感覚を覚えました。スピーカーなんかが無性に欲しくなる自分がとこかにいます。実は僕の仕事部屋のスピーカーのラインセレクターがもうだめなのですが、気がつけば何か出物がないかなあ・・・、なんて探し始めている自分もいました。

都市開発も利便性や犯罪抑止などなど良い面がたくさんありますが、だんだん街が理路整然とするのが寂しいです。人も音楽も理路整然とすると寂しくなります。僕は1+1が2じゃなくて全然OKなんですから。

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2017年5月29日 (月)

楽器としての人も

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Facebookから拝借

土曜日の投げ銭ライブ、そして昨日の横浜でのチャペルコンサートと続いたので、さすがに今日は机に向かっていても眠気が忍び寄ってきます。でも心身ともに心地よい疲れを楽しめるのは嬉しいことです。

投げ銭ライブでは初のスティールパンとのコラボだったわけですが、その時の伊澤陽一さん(以下親しみを込めて陽ちゃんと呼ぶことにします)の演奏する様子は踊っているようにさえ感じられました。僕もギターを教える時に演奏って踊りに似ているからね。という言い方をすることがあるのですが、卓越した演奏者は楽器を演奏する指や手や足や口はもちろんの事、全身を踊りのように使えていると思います。

今朝方またそのことを考えていたのですが、ふと楽器の発音システムの違いを思いました。スティールパンやピアノなどの鍵盤楽器は、押すや叩くという動作で音を出します。ギターやヴァイオリンなどの弦楽器は音程を得るために弦の長さを調節しなければなりません。ですから片手はそのために使います。笛や木管楽器、管楽器は音程などの微調整は唇で行いますが、基本となる音程自体は菅の長さを変えるシステムを持っています。

と書きながら、改めて楽器って多様だなあということを再確認しています。楽器の起源を辿ればきっと生活に結びつくと思うので、叩くと吹くに関してはなんとなくわかりますが、弦の長さを変える弦楽器はどうして生まれてきたのかなあと少しだけ不思議です。イメージするのは弓の弦とかですかねえ。

実は昨日横浜で演奏をしながら、陽ちゃんの軽やかさをどこかでイメージしていました。スライドバーを軽やかに躍らせられないだろうか、とか自分ももっと軽やかな気持ちで演奏できないのだろうか・・・などなどです。でも結果はリゾネーターを躍らすのはちょっとちゃうなあ。軽やかな僕っていうのもちょっとちゃうなあ、というところに落ち着きました。

楽器にはピアノや打楽器のように、あるタイミングでひとつの音を鳴らすもの、オルガンのように長く音を継続させられるもの、弦楽器のように任意の音程(半音のさらに半音みたいな)を奏でられるもの、それらを複合的に持っているものがあります。

人も同じで陽ちゃんと僕のコラボに魅力があるとすれば、個性が違っているからで、奏で方や鳴り方に加え、それぞれの経験、楽器としての人も加味された音色ということになります。

で、何が言いたいのかというと、きっと「陽ちゃんとのコラボは想像を超えるほど良かった」ということだと思います。そして僕は陽ちゃんが運んでくれた自由を少しもらって、これからの自分の演奏にパラパラと蒔いてみたいと思っています。またそう遠くないうちに銀楽器ライブをやりたいですねえ。

Fasebookから勝手に拝借すみません。動画へのリンクです。

ただありがとう

スマイル

アンコールでの陽ちゃん(リバース演奏)

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2017年5月28日 (日)

不可欠トリオ

最近リゾネーターの2本持ち(正確には3本ですがコンサートに使えるギターは2本)となりました。その2本はキャラクターが違うので、どちらを持ち出すかはその時の様々な条件によります。例えば旅には重量が1キロは軽いウッドのM-1の方で、パワフルな音が必要な時には重くても定番のStyle-Oみたいな感じです。

ギターは2本を適宜使いますが、備品は全て2セットあるわけではありません。特にスライドバーに関しては友人に作ってもらったオリジナルもあるので、同じものは手に入りません。

というわけで昨日の投げ銭ライブの準備をしている時に、必要なセットを小物入れに入れて持ち運べが良いのだということに気がつきました。

早速仕事部屋を見渡してみると良さそうなものが目に入りました。それがこれです。

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早速スライドバーとチューナーとカポタストの不可欠トリオを入れてみたらグッジョブではありませんか。しかもこのケースはギターケースの小物入れにも収まってくれました。いい仕事してくれますねえ。しかも何だかミュージシャンの持ち物っぽい(笑)。

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今日の午後は横浜で歌いますので、今日がこのケースの旅の始まりです。

ここでクイズです。さてこのケースは何のケースでしょうか。

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2017年5月27日 (土)

他を必要とする美しさ

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今日はずっと楽しみにしていた伊澤陽一さん(スティールパン奏者)との初のコラボライブが実現します。先日のリハーサルでも改めてリゾネーターギターとスティールパンの相性の良さを感じましたし、何と言っても僕はスティールパンの音色が好きなんだなあということを再確認しました(だいたい生で音を聴けるだけでも希少価値)。

スティールパンの素晴らしさは2本のマレット(叩くもの)からの2音の響きと空気感があると思います。同じマレットで演奏するビブラホンやマリンバと違って、スティールパンの音程の並びは一定の横並びではないと思われます(はっきりは知りません汗)。ですからマレットを片手で2本持って両手で4音を鳴らすということはできないのではないかと思われます。

何を言いたいのかというとその1度に出せる音の少なさゆえに、他を必要とする美しさがあるわけです。

例えばピアノ、オルガン、アコーディオン、ギターなどの独奏楽器は自分でメロディー、和音、ベース音を奏でることができます。ですから他の楽器とアンサンブルをするときにはいかに音を減らすかが大切なポイントになってくるわけです。違う意味ではやりたい放題わがままに弾く(上手くないとできないけど汗)ことも可能なわけで、究極一人でやっていける楽器たちなわけです。

また同じギターでも僕が最近弾いているオープンチューニングはノーマルなチューニングに比べるとオールマイティーなチューニングではありません。もちろんオールマイティーであるよりも大きな魅力を感じるからそうしているわけですが・・・・・。

スティールパンとリゾネーターギター&オープンチューニングには、このちょっと欠けを背負った楽器どうしの相性の良さもあると思っています。

リハーサルが人生最初のスティールパンとのコラボでしたから、今日は人生2度目になります。その時間、互いの地平が広がると良いなあ。

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2017年5月26日 (金)

豊かな人生

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昨日午前中に明日の投げ銭ライブの譜面の準備をする予定にしていました。すでにリハを終えているので、紙に印刷した譜面はありますが、昨日のライブへの準備とは譜面をデータ変換やスキャンでPDFファイルにしてDropboxへ保存し、それをiPadのpiaScoreという譜面閲覧アプリ?へ取り込んで、さらにセットリストとして構成するというものです。一見面倒くさそうな感じがすると思いますが、iPadで譜面を見だすとその便利さに止められなくなります。なんといっても何千曲の譜面だとしても重さはiPadの重さなんですよ。すごくないですか。それにiPadのデータがトラブってもDropboxという強い味方がまさにバックアップしてくれています。通信環境さえあれば多少のトラブルも心配なしです。

で、その作業に入ろうとした時に心に強く響いたのが「ベットの読書スタンドを直そう」という思いでした。この読書灯はクリップ式のものでベッドの端にクリップで固定して使っています。いったい何年使っているのか見当がつかないくらい前から使っています。これまでにも確か2度直していると思うのですが、破損箇所はクリップとライト本体をつないでいる可動式の金具部分です。光の向きを調整するためにライトの傘の部分を持って動かすことがあるのですが、結構無理な力を加えているようで金属疲労で折れてしまうんです。今回もそれでした。

さすがに3回目となると破損箇所も僕が工夫して修理をするには困難な感じになってしまったので、今回は買い換えようと思っていたところでした。しかし「ベットの読書スタンドを直そう」という思いが湧き上がってきたので早速取り掛かってみることにしました。

今回は最初の写真にある無理やり止めている銀色の部品が折れてしまい、下側の可動部をフードにつけることができなくなっていました。僕は針金で結んでなんとかしようか、ぐらいな乱暴な修理をイメージしていましたが、折れてしまった可動部に小さな穴を発見しました。これを広げれば元々のネジでなんとかフードに取り付けられるかもと考え、まずはドライバーでこじ開けてみましたが、相手はそんなに甘くはありませんでした。次電気ドリルを持ちだして、怪我をしないように細心の注意を払いながら穴を広げてみたところなんとか成功しました。

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そして壊れてしまった片割れにも介添えを頼む形で参加してもらい(最初の写真の横になっている金属)それなりに立派に取り付けることができました。そして可動部分とクリップを無事に取り付け成功です。

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ついでに可動部分に潤滑油をあげて作業終了です。もう捨てようか、と思っていたスタンドですが、直して使うと親しみが湧いて僕の中の小さな喜びの蕾が開く感じがします。人生が豊かになるってこういうことの繰り返しのような気がします。さあみんなでそこらじゅうのものを修復しましょう(笑)。

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2017年5月25日 (木)

1本の線上のワクワク

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みなさんに笑われると思いますが、つい最近までバッハが好き!という感覚は持っていませんでした、僕にとってはなんか理屈っぽく、追い立てられるような感じがして、安心して聴けない存在だったのです(ギターの演奏曲集は持っていてチャレンジもしていましたが)。

ところがつい最近、古楽器の演奏に触れ、古楽器で奏でられるバッハの作品に接し、一気にバッハが身近になってしまいました。古楽器で演奏されるバッハは僕が感じていた理屈っぽさや追い立てられる感じというものがないのです。きっと現代の楽器に比べて古楽器は音量や音の伸び、音質にも違いがあるでしょうし、何と言っても基本になる調律が今よりも半音近く低いということにあるのだと思います。バッハの時代はこのイメージで作曲され、この音色で演奏されていたんだということを知って、僕は俄然納得したわけです。

最近特に聴くのが「La Petite Bande」という古楽器ユニット?です。今朝も細い糸に引かれるようにその音色でのバッハを聴いています。これまでのバッハに関する印象が勉強不足だとはいえ、まったく違っていたことに気がつけたのは、古楽器の世界を紹介してくれたOさんのおかげです。

さて今週末のギンイロヒコーキでの投げ銭ライブは昨日で予約終了となりました。最近わかったのはスティールパンという楽器を知っている人、興味を持っている人はそんなに多くないんだということです。僕は二十歳前後の頃にバン・ダイク・パークスのディスカヴァーアメリカというアルバム聴いてめちゃくちゃ好きになりました。ですから今回のゲストミュージシャン、伊澤陽一さんの演奏を聴いてすぐに声をかけたというわけです。この出会いを僕は勝手に今後の自分の音楽に新たな展開をもたらしてくれる出会いだと思っています(勝手に思って決めつけるのがおじさん)。

古楽器のバッハに傾倒する自分と同じ自分がスティールパンにワクワクしています。そして同じ自分がリゾネーターにワクワクしているというわけです。僕にとってはこれらがなぜか1本の線上にあるのです。

28日の日曜日は夫婦で横浜に伺います。こちらはチャペルコンサートです。午後3時からですのでみなさまぜひお出かけください。

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2017年5月24日 (水)

バックミラー

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先日自転車にバックミラーを取り付けました。連休に最寄りのサイクリングロードを走ったのですが、その日は走っている台数が多く後ろからの追い越しに何度かヒヤ!としました。自転車で散髪に行った時、車とは違う道を通ったら途中で「自転車の〇〇〇」を発見しました。

このお店はどちらかというとママチャリ系の自転車が多いのだろうなあと思っていたので、バックミラー、それもスポーツ車用のものがあるかどうかはわからないなあ思ったのですが、最近はアキラメナイ、とにかくチャレンジしてみる精神を開発中なので、帰りに立ち寄りました。

お店では店員さんが丁寧に応対をしてくれて、スポーツ車用のミラーはもちろんありましたし、その中でもガラス製のミラーが良いですよ、とすすめてくれました。それはハンドルのバーエンドにも取り付けられるタイプで、店員さんが取り付けをしてくれたのですが、僕のハンドルは肉厚で内径が狭くて取り付けができませんでした。作業のために外したキャップも破損して使えない状態になってしまったので、後日キャップを取り寄せてくれるということになり、今週無事にキャップも取り付けてもらいました(もちろんサービスです)。

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昨日も午前中に基本の20キロコースを走ってみましたが後方の視認性もよくとても役立っています。今日も午後に乗ってこようと思います。とにかく基礎代謝を上げなければいけないので、頑張る所存です。

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2017年5月23日 (火)

あるものはある、ないものはない。

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今夜はお茶の水OCCでの「歌声ペトラ」です。毎月新しい賛美歌をひとつずつ作り続けてきたこの活動も今年で20周年を数えるまでになりました。お茶の水以外にも、関西、滋賀、古河などでも開催されてきました。

歌声ペトラで僕は作曲を担当しています。良いことかどうかはまだわからないのですが、僕は作曲することにはそれほど困難を感じません。作詞に関してはテキトーなことを歌っていいんだったら、即興で作詞作曲をしてけっこう歌い続けられるのですが(汗)、ちゃんとしたテーマ性を持った詞となると僕にはとても難しく感じられます。それは普段の生活の中から「これがテーマだ!」と感じ受け取ること、そしてそれを抽出することが下手だからだと思います。気がつけば自分に高すぎるハードルを課して、結局何も作れない、という状態に追い込んでしまっています。

振り返ってみれば、思いつめて書いた曲が良い曲かというとそうでもないんです。きっと風にそよぐようにして、自然体で書いた方が良いのだと思います。ということは日々書き続けることが肝心ということになりますかね。今もこうして文字を打ちながら、違うハードルを上げ始めている自分に気がつきます(汗)。

話を歌声ペトラに戻しますが、歌声ペトラの237曲(今日現在)のすべての作詞は関根一夫牧師によるものなので、僕的にはあまり苦しまずに作曲をさせてもらっています。もっとクリエイティブにしなくちゃ、なんて考えなくもないのですが、これまでそうした感じで取り組んで良い結果を得たことがありません。クリエイティブは覚悟や意志の中にあるんじゃなくて、自然体の中にあるのかもしれません。あるものはある、ないものはないってことでしょうか。これはある意味怖いですけど、これを受け入れて晴れ晴れ生きることも良いかもしれないですね。

今年は20周年ということで、毎回ミニコンサート的なコーナーが加えられています。今夜はあの方が何か計画をしてくれています。その方が誰か、そして何をするのかは来てみてのお楽しみです。Ustreamの中継もありますので遠方の方も是非参加してください。19時スタートです。

あ!それと週末の投げ銭ライブも若干椅子が空いているようです。行こうと思っていらっしゃる方は是非事前に予約の方をお願いします。

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2017年5月22日 (月)

欠けに気がついている

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実は最近友人のフェイスブックの近況を垣間見ながら、何度か涙をこらえていました。

それは昨年からパピーウォーカーとして、盲導犬の訓練を受ける子犬を育ててきた夫妻の近況です。昨日その子がパピーウォーカーに育ててもらう期間を終えて訓練センターへと旅立っていったのです。

以前の僕は人と犬との絆を知らなかったので、涙がこみ上げるまではいかなかったと思いますが、妻の病の癒しのためにと飼い始めたBoogieとの暮らしの中で、犬の気持ち、飼い主の気持ちがわかるようになりました。

以前、盲導犬の働きを終えて、パピーウォーカーの元で余生を過ごす犬のことがテレビで取り上げられていました。

盲導犬の働きは人にはできない尊い働きですが、その犬にとっては責任の重い日々が続くわけですから、ストレスが多いと聞いたことがあります。その犬の一生を捧げていると言っても過言ではないでしょう。

もちろん生活を共にする飼い主さんとの信頼関係や愛情の交流があるわけですから、犬にとっても充実した喜びを感じていることと思いますが、トレーニングで学んだことを忠実に守り通している彼らの暮らしぶりは、僕にはとうてい真似できないことです。

テレビで取り上げられていたオリバーという犬はパピーウォーカーの元に帰った時に、子供のように甘え始めました。そう、普通の犬に戻ったんです。

盲導犬の育成と盲導犬たちは僕たちにとても大きな貢献をしてくれていますが、その中にある人と犬との交流に決して忘れてはいけない大切なものを教えられます。だからこそ今の日本でペットブームが起こっているのかもしれませんね。人は薄々自分の欠けに気がついているのかもしれません。

パピーウォーカーとしての働きをやり遂げた友人夫妻と犬のベンジーに乾杯!



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2017年5月21日 (日)

泣ける、笑える、いられる、

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昨日はお茶の水で開かれた「メディカルカフェ」という集まりで歌う機会がありました。メディカルカフェは癌を得て闘病されている方やそのご家族、医療関係に従事されている方が集う、リラックスした語らいの場です。

病気に限らず深刻な問題や悩みは、日常生活の中では口に出しにくいものです。それを言われた相手の困惑や動揺の想像がつきますし、その会話の内容によっては自分自分もかえって傷ついてしまうのではないかという不安もあります。

「メディカルカフェ」ではみなさんが同じような体験をされているので、自分自身の現状について安心して口に出すことができます。プログラムは榊原寛牧師のナビゲートによりスタートから笑いがあふれていました。

次に「メディカルカフェ」の母体となっている「一般社団法人がん哲学外来」理事長の樋野興夫先生の講話へと続きました。ぼそぼそっとした口調で語られる言葉に皆さんが耳を傾け、しばし心を休めていらっしゃるような印象を受けました。

続いて僕たち夫婦の番です。約40分ほどの時間、皆様とやりとりしつつ歌いましたが、予定になかったアンコールまで頂き良い時間となりました。

その後はテーブルを囲んでの語らいの時です。1時間ほど過ぎた頃に何人かのテーブルリーダーの方々からの今日の感想が話されました。詳しくは書けませんが僕はその中で何度か涙させられてしまいました。

一緒に泣ける、笑える、そしていられる、ってなんて素敵なことなのでしょうか。僕の若かった時代にはみんなと一緒に居られることを特別なことだなんて考えたことがありませんでした。でも最近は一緒にいること自体が難しくなってきているように感じます。自分以外の人と一緒にいたくないのかもしれないし、一緒にいてもそれは物理的に同じ場所にいるというだけになってしまっているかもしれません。それは家族でもそうなりつつあるということを聞いたことがあります。社会学者の宮台真司さんの言う「感情の劣化」が僕たちの生活全般にひたひたと及んでいるのかもしれないですね。

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2017年5月20日 (土)

思いつめすぎるのも考えもの

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ちょうど一週間前になりますが、ギタリストの佐藤克彦さんにお会いする機会がありました(その詳細はこちら)。

佐藤さんは以前から気になっていたギタリストのおひとりなんです。なぜ気になっていたかというとオープンチューニングで弾く第一人者だからです。オープンチューニング入門者の僕にとっては貴重な情報満載な方というわけです。

しかしこれまでお会いすることも、ライブで演奏を聴くこともできずじまいでした。それが先週思いがけずに演奏を聴けてお話しもすることができました。

お話ししたのは終演後だったので、僕は「多分音楽の話はあまりしたくないだろうなあ〜」と内心思いつつも、しかしここはチャンス、とばかりにタイミングを計って質問をしました。

まずはどのオープンチューニングなのか?です。佐藤さんはオープンDとのことでした。もうひとつの質問はスライドバーの形状と材質についてでした。佐藤さんは「今回も適当なのを持ってきた・・・」みたいなことをおっしゃっていました。ただし形状がストレート、あるいは内田勘太郎さんのカルピスの瓶のように逆アールがついているくらいの方がピッチが良いとおっしゃっていました。

これはぼくにとって新鮮でした。ピッチとスライドバーの重さは意識していましたが、形状によっても違いがあるとは感じていませんでした。そして佐藤さんの「今回も適当なのを持ってきた・・・」、が本当かどうかは微妙ですが(ぼくも自分を適当だといいながら、そうでもなかったりするので)、佐藤さんのリラックスした雰囲気が僕にも必要だと思いました。

今も目の前には8本のスライドバーが並んでいます。今朝も今日のコンサートで使おうと思っているリゾネーター(M-1)にどのバーが良いかとチェックをしていましたが、結論としては「適当なのを持って行こう」くらいが良いのだよなあ、と佐藤さんのやわらかな笑顔を思い出しながら考えました。とにかく思いつめすぎるのも考えものです(笑)。



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2017年5月19日 (金)

ほんの僅か

昨日リゾネーターギターのM-1(ウッドボディーのトライコーン)を弾いていたら、Style Oと何か違うと感じました。

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M-1の方が弾きやすいというかしっくりくるような感じです。きっと音色の違いなのだろうなくらいに思ったのですが、一応念のためにStyle Oを弾いてみたらなるほどというポイントに気がつきました。

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僕はリゾネーターを弾くときにはストラップを使っているのですが。M-1とStyle Oではストラップの向きを反対にしていました。どちらも革製のストラップで長さ調節をする方が細くなっていて、ベルトのバックルと同じ方式で長さを調整するタイプです。

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とにかくStyle Oの方は重量もあるので幅の広い方をギターのヒール(ネックとボディーのつなぎ目のところ)に装着しています。

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M-1の方は細い方をヒール側にしています。

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Style Oを弾いてみたところ、このストラップの向きが物理的にも心理的にも弾きやすさに影響しているかもしれないと思いました。そしてあれやこれや実験をしているとどうやら影響がありそうなのです。

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もうひとつ気がついたのはストラップが肩に当たる裏側の形状です。Style Oに使っていたのは裏側もきれいに革張り(本皮かどうかはわかりませんが)になっています。

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M-1の方はいわゆる皮の裏側のザラザラしたまま(スエード?)になっています。

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試しにStyle OにM-1と同じく、裏がザラザラしたストラップで細い方をヒール側に取り付けてみたところ、ぐっと弾きやすくなりました。

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その理由は、ストッラップが細いと高音弦を弾く時に邪魔にならないのと、手首がストラップに隠されずに(ほんの僅かですが)自然な感じに見えることです。

さらに裏側がザラザラした方が良いのは安定感が全く違うということ。要は滑らないということです。

こんなことどうして今まで気がつかなかったんだろうかと考えたわけですが、これまではリゾネーターほど頻繁に高音弦を使わなかったからだと思われます。先ほどカッコ内に「ほんの僅かですが」と書きましたが、プロの世界(普通じゃないこだわりの世界)はこのほんの僅かの積み重ねが結果に出ることを改めて実感しました。



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2017年5月18日 (木)

神様お願い

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昨日は1日オフにできましたが、結局家から一歩も出ずに過ごしました。オフとは言っても多少の仕事には手をつけましたし、気分転換にギターでも弾くか、と考えてしまう自分が可笑しかったです。実際に少しは弾きました(汗)。以前あるシンガーの方が「アーティストにオフはない」っておっしゃっていましたが(僕がアーティストかどうかは横に置いておいて)、そうかもしれないし、時にはずっとオフかもしれないなあ、なんて思います。

そんな私も今日は千葉にある東京基督教大学での非常勤講師です。もちろんギターとウクレレを教える講師です。みなさんは基督教というとどんな楽器を思い浮かべるでしょうか。やっぱりオルガンですよね。でも1960年代くらいから賛美歌のスタイルにも変化が生まれ、ポピュラーな楽器も少しずつ導入されるようになってきました。それで私のような者が講師として出かけているというわけです。

5年前の大学でのレッスン開始当初はグループレッスンもありましたが、それができるのは同じレベルの、と言いますかほぼ初心者レベルの人たちが集まらないとできないので、現在では全ての時間が個人レッスンになっています。元々の時間配分は一人につき20分でしたが、その時間ではどうにも対応しきれないので、無理をお願いして30分にしていただいています。他の楽器のクラスとのバランスもあるので、その分全体の回数は少なく設定されていますので、私のクラスは1年を通して16回となっています。

年に16回というのは多くても月に2回程度のレッスンですから本人の日々の練習と言いますか、楽器との親しさ加減が上達できるかどうかの分かれ目になります。教える方も機会が少ないですから、それぞれの必要を的確に指摘できるようにしなければいけません。なのでそれなりにプレッシャーを感じながら出かけていきます。あまり力んでも良い結果は得られませんから、人の知恵によらないところで教えないといけないですねえ。私が若かりし頃のグループサウンズ「ザ・テンプターズ」の曲に「神様お願い」っていう曲がありましたっけ。毎日その通りです。



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2017年5月17日 (水)

共鳴度合いがハンパない

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昨日は午前中の2時間ほどでしたが、スティールパン奏者の伊澤さんとの初音合わせをすることができました。この文章を書きながら昨日録音したものを聴いています。ひとまず結論から言いますと「とても良かった」です。音楽生活がここまで来てこんな出会いがあるなんて嬉しい限りです。

とても良かったその1はリゾネーターもスティールパンも四方八方、縦横無尽な楽器ではありません。どちらも構造的に、性格的に制約を持っています。でもそれが良いですね。たとえ奏でる音を壁のように厚くし埋め尽くしてやろうとしても、それはできません。音の中に風が吹き抜けていうような隙間があるんです。こういうの好きです。

とても良かったその2はリゾネーターもスティールパンも金属楽器です。時々「あれ、この音色は何の音色だ」と思ったのですが、それはおそらく僕が抱えているリゾネーターがスティールパンに共鳴しているのではないかと思います。互いの持っている共鳴度合いがハンパない感じがしました。

とても良かったその3は伊澤陽一さんという人です。あえてオールマイティーではないスティールパンの世界に身を投じた方なので、特別な感性をお持ちなのだとは想像していましたが、音を合わせながら、互いの音楽を響き合わせながら、初めてとは思えない心地よさがありました。「いい人」と言ってしまえばそれまでですが、大勢の子供達にスティールパンを教え、コンサートを開催している彼が見ているところと、僕が見ているところが、遠からず、というよりも「近い」ように感じました。

二人で音を合わせながら、背後からアコボンの音が聴こえてきました。27日は伊澤さんと由美子とのトリオで演奏しますが、秋に予定しているライブでは是非アコボンと一緒にスティールパンを奏でて欲しいと思いました。

まずは27日にギンイロヒコーキでみなさまをお待ちしています。席に限りがありますので是非事前に予約をお願いします。特にお車でのご来店は近くの駐車場を予約しますのでよろしくお願いします。


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2017年5月16日 (火)

細胞が喜ぶ

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最近古楽器の世界に出会い、自分の音楽世界が少し広がった感じがしています。そんな中ある方がスティングがリュートで歌っているアルバムがあることを教えてくださいました。ポリスのスティングがリュートで歌う?と聴いてストレートに興味を持つというよりは、驚きの方が勝ってしまい、自分の中のどこかが慌てました。

早速検索したところその作品にふれることができました。実際に聴いてもなんだか信じられないような気持ちになりました。今はYoutubeで聴いていますが、何度聴いても独特の別世界感(この世じゃないような感じ)があり、僕の細胞までが対応に手間取っているようにさえ感じます。

というわけで是非一度この世界にふれてみてください。

さて今日はスティールパン奏者の伊澤陽一さんとの初音合わせの日です。スティールパンとリゾネーターギターと歌ってどんな音世界を醸し出すのか、わかるようでわかりません。たぶん細胞が喜ぶような音の波が生まれることと思います。

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見た目はシルバー&シルバーでこれも結構不思議世界かもしれないです。

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2017年5月15日 (月)

カポ落下事件

長い演奏生活の中には笑えるハプニングというものがありますが、昨日は初めてのハプニングを体験しました。何曲目だったか忘れましたが、曲の終わりにさしかかった時に「スカッ、コトン」みたいな音がしました。「え!」と思って音のした方を見ると、カポタストが外れて落ちているではありませんか。

というのも一月ぐらい前からカポタストを付ける向きを反対にしていたのが原因のひとつです。

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以前は上から(6弦の方から)付けていたので、

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多少ゆるくても(そういうことは基本ないのですが)落ちるということはないはずですが、左手の押弦に少しでも余裕を待たせたいために(親指の居場所作り)、反対側から(1弦の方から)付けていました。それがおそらく低音弦を強く弾いた時に弦の振動に耐えられなくなって外れたのだと思います。

まあ外れても弾けた(だったら使わなけりゃあいいじゃないか)から良かったのですが、曲の終わりの方で良かったです(汗)。

左手の押弦の邪魔をしないという点ではこの昔ながらのダンロップのカポが良いのですが、

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付ける時に弦に対して横方向の力がかかって弦を引っ張ってしまうので、装着後のピッチに影響が出てしまいます。いろいろ執行錯誤をしてみましたがやはり微妙なので、昨日はこれまでメインで使ってきたアルミニウムのSHUBBカポを使用していました。普通のSHUBBカポよりも軽いので弦の振動の影響を受けやすいのかもしれないですね。

さて明日はいよいよスティールパン奏者の伊澤陽一さんとの初めての音合わせです。今日はそのための譜面の最終チェックをします。投げ銭ライブという敷居の低い(無い)ライブなのに譜面かあ・・・と伊澤さんも困惑するかもしれませんが、時間もタイトなのでひとまず譜面を用意しています。

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ギンイロヒコーキでのライブは毎回10日前くらいから席が残り少なくなってきますので、興味のある方は事前に予約をお願いします。お待ちしてま〜す。

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2017年5月14日 (日)

平凡なことばたち

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この春から始まった朝の連続ドラマ「ひよっこ」に思いっきりはまっています。主人公は僕よりも数歳上くらいの設定です(今だったら70歳くらいでしょうか)。ですからそこに描き出されるドラマがどこか懐かしく、身につまされるというかとてもよくわかります。

しかしだからと言ってそのドラマに引き込まれるかどうかは別問題です。逆に評論家的な冷めた観かたもできるでしょう。しかしなぜかこのドラマに、ほぼ毎日目頭を熱くさせられています。もちろん僕が歳をとったということもあるかもしれませんが・・・(笑)。

とにかくドラマのストーリーとセリフ、そして役者さんたちの演技がすごいと思います。それは全体を通して、僕たちが普段言葉としては口にしていても、忘れていると言いますか、いつしか内実の伴わないうわべだけの言葉になっているようなコトバを、ことばとして思い出させてくれているような気持ちにさせられるからです。

先日ニュースで教育勅語のことが話題になりましたが、ああいう特殊な意味合いを持ったものではない、庶民の生活にごくごく当たり前に登場するね平凡なことばたち。例えば、ありがとうとか、さようならとか、うれしいとか、またねとか、ずっととか、きっととか、そんな飾りっ気のないことばたちがとても新鮮に迫ってきます。

僕はこのドラマの作り手たちの、したたかで(良い意味で)大きなテーマ性を感じさせられます。桑田佳祐さんの歌う主題歌も、当時の歌のエッセンスがギリギリのラインで豊富に盛り込まれていてすごいと思います。ちょっと音楽が好きな人ならば良い意味で「ここってあの曲だよね」と楽しませてもらうことができるでしょう。

作り手たちの内にある大きなテーマと書きましたが、それを僕が自分なりにはっきりとことばで表現することはまだできません。ひとまずはどうしてこのドラマを観ながら目頭が熱くなるのかを、日々研究しようと思っています。


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2017年5月13日 (土)

ゴスペルミュジックウイーク

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昨日はとても面白い1日でした。まずは友人であるサルーキ=のレコーディングに誘ってもらっていたので、午前中からリゾネーターギターを弾きに行きました。スタジオは神奈川県の唐木田にあるスタジオマークというところでした。

実は前日夜にレコーディング開始時間が早まったのかな?というような連絡が入っていました。唐木田というところは初めての上に、レコーディング後には石川県金沢までの移動があり、リゾネーターと大荷物を持って朝の混む時間の電車移動は無理と判断し、急遽妻に車でスタジオまで送ってもらうことになりました。その結果、予想以上にスムーズに目的地に着くことができて、なんとスタジオはまだ開いていませんでした(笑)。

やがてオープンしたスタジオでスタートまで待たせてもらおうと、申し訳なさそうに扉を開けたら、なんとオーナーでありエンジニアの方が顔見知りだったので、驚きつつひと安心しました。(*スタジオマークはとても綺麗で爽やかでした。レコーディングはもちろんリハもOKみたいです。グランドピアノもありましたよ)。

そんなこんなでスタートまで待つどころか、早速セッティングを始めてくださり(リゾネーターギターは珍しいのでマイクのセッティングにはちょっと時間もかかります)、メンバーの集合時間には録音が始められる状態となっていました。結局思っていたよりも時間がかかったので早めに始められて良かったです。

録音を終えて今度は電車で金沢へ向かいました。唐木田から金沢までは待ち時間も含めるとまあまあ遠かったです(汗)。

北陸新幹線が富山を過ぎるあたりでFacebookを見ていたら、金沢音楽堂で小坂忠さんがリハーサル中という投稿がありました。「え!」と思って検索したら、僕も参加する金沢でのゴスペルミュージックウイークの大きなコンサートがあることがわかりました。会場はどこだと検索するとなんと金沢駅隣接ではありませんか。これは顔だけでも出したいと思ったのですが、駅で出迎えてくださった方の配慮もあり、全てが順調に進み、金沢到着から20分後にはホテルへ荷物を置き、忠さんの楽屋を訪ねていました。

そうしたら最近よくデュオで一緒に演奏されている佐藤克彦さんもいらっしゃって、以前から一度演奏を伺いたいと思っていたので、これまたガビーン!と驚き爆発でした。

ところでコンサートは3組のアーティストで構成されていました。まず最初は韓国のアイビックバンドというラテンやジャズのテイストでの歌と演奏。

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2番目は最近Lasting noteというユニットでの活動も始めた竹下靜ちゃん(実は高校生ぐらいの時から知っているんで・・・)。とても良かったです。帰り際に新しいCDをいただいちゃいました。

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そして最後は小坂忠さん。佐藤克彦さんのオープンチューニングでのギターも絡みながらのステージは、久しぶりに時間を忘れて聴き入りました。

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約2時間半近いコンサートでしたが個人的には新しい気づきをもらえた貴重な時間でした。

僕は今日の13:30から松任聖書教会。明日の13:00からはインマヌエル金沢キリスト教会で歌います。皆様のお越しをお待ちしております。今日も明日も面白くなりますよ。



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2017年5月12日 (金)

馴化

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先日TOKYO MXテレビの朝の番組を見ていて、馴化という言葉を初めて知りました。意味は刺激を繰り返し受け続けると、人はそれに慣れてしまって、次第に刺激と感じなくなっていってしまうことだそうです。

どんな場面でこのことばが使われていたのかというと、昨今の政治、政治家に関してのことです。アメリカのトランプ大統領しかり、日本の政治家しかり、以前ならば大問題になるような発言も繰り返し聞いているとだんだん慣れてきて、その人がちょっと普通のことを話すと、とても良い人のように感じてしまう、というおかしな症状です。

先日の総理大臣の読売新聞熟読発言なんて以前ならば退陣!なんてことにもなりかねないような発言です。また民進党の議員に向かって「品がないよ」発言。公衆の面前で「あなたたちは品がない」という人は果たして品のある方なのかと疑ってしまいます。

とにかく僕たちひとりひとりが馴化しないことが今とても大切だと思います。「へ〜そうなんやあ」と言っている間に気がついたら自分が銃を持っていた、なんてことにもなりかねません。誰かさんと一緒になって攻撃的な言葉を投げる人になっているかもしれません。

さまざまな出来事は人のせいではなく自分のせいです。そんなこと言ったってちっぽけな自分に何ができるの、と思ってしまいますが、全てはちっぽけなところからスタートしているのではないでしょうか。



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2017年5月11日 (木)

自分のことも勉強しなくちゃ

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今日は東京キリスト教大学でのギター&ウクレレレッスンがあるので、昨日はその準備も兼ねてギターの押弦やピッキングに関して調べていました。その中でクラシックのギタリストである福田進一さんの「ツイートでレッスン」に出会いました。そのツイート数は159にも及んでいます。僕はクラシックのギタリストではありませんが、ひとつひとつのポイントはとても示唆に富んだ内容で、僕はギターを抱え、書かれてある内容を確認しながら楽しませてもらいました。

その中には先日ブログに書いたリュートの中川吉祥治さんの押弦についてのように、普段なかなか言葉にすることが難しいポイントを的確にまとめていらっしゃることが多く、とても参考になりました。またそれらは自分が教えている内容の検証にもなるのでダブルで有意義でした。このツイートをひとつにまとめてくださった方にも感謝をします。

中身はクラシックギターについての奏法ですが、ポピュラーのギターを弾く方にとってもとても役に立ちます。それにしても、なんでも同じでしょうが、勉強すればするほど物事はニッチで難しくなりますね。

実は今読んでいる本に自分に当てはまることが書いてあり、思い思わず笑ってしまいました。それは人の気質に関してのことなのですが、憂うつ質の人は不可能なほど自分に高い目標を課し、さらにどちらかというと長続きしません、というものです。僕が憂うつ質かどうかははっきりわかりませんが、このふたつは少し当てはまっているように思いました。不可能なほど自分に高い目標を課し、は少し自分を見誤っているということかもしれませんね。

さあギターもですが自分のことも勉強しなくちゃです。



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2017年5月10日 (水)

みんなで歌おう

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ギンイロヒコーキのスタジオプログラムのひとつに「みんなで歌おう」があります。だいたいいつも10名前後の方々が集われて、リーダーの指導に合わせて、歌い、時には踊っているかもしれません。その皆さんが近くの有料老人ホームへ伺って、日頃の腕前を披露するそうです。ギンイロヒコーキも地域の皆さんと繋がって、お互いに喜び合える関係と時を提供できる場になっていけることは大きな喜びです。

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僕的にも、ギターとウクレレのレッスンで小さなお子さんから年配の方まで、またご近所の方から車で3時間はかかるだろうという遠方の方までとの出会いをいただいています。

僕のレッスンは自分がライブや旅で定期的なレッスンができないということもあり、毎週何曜日で月に何回というシステムではないこと、月謝制ではなく毎回受講料をお支払いいただくということ、などなどそれぞれのペースで受講していただけるものです。まとめていえば「ゆるい」ですかね。でも僕的にはみなさんの役に立てるように、できる限りのことをしたいと思っています。

そのおかげで受講者の方が「これを歌いたい、弾きたい」ということで、僕の知らない曲に、アーティストにずいぶん出会わせてもらいました。今面白いのは小学校低学年の可愛らしい女の子がウクレレで弾く星野源さんの「恋」です。この子は最初にウクレレにふれた日に「キラキラ星」の前半を弾くことができました。とにかくウクレレ大好きな女の子です。ちなみにこの子は親子レッスンというお母さんと一緒に受講するコースです。

今週の僕の予定は明日が東京キリスト教大学、12日は4月のGOSPEL CAMPFIREで一緒だった、サルーキ=のレコーディングで1曲弾いて、その後金沢への移動です。金沢ではゴスペルミュージックウイークという金沢近辺のあちらこちらでゴスペルコンサートが開催される中の2か所で歌います。13日の会場は松任聖書教会で13:30スタート。14日はインマヌエル金沢キリスト教会で13時からです。お近くの方はお気軽にお出かけください。

そして来週はいよいよ「投げ銭ライブ」のリハです。スティールパンはシルバー、僕のリゾネーターもシルバー、見た目も面白いですよね。ついでに椅子もシル・・・・・・・って違うか。


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2017年5月 9日 (火)

いっぽいっぽ少しずつ

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先日知り合いとの会話の中で、僕が言われて少し不安になったことばを紹介しました。それはある方が僕のことを気にかけてくださっていたということを、知り合いが僕に伝えてくれたことばでした。そのことばは「岩渕さんは若いうちは良いけれども歳をとったらどうやって生きていくんだろう」ということばです。

僕はもともと将来のことを考えられないと言いますか、将来に関して能天気なのかもしれません。いや本当は以前ブログにも書いたことがありますが、もともと初めから何かを諦めているのかもしれないという諦め癖です。これは自分が育った環境からの影響や、その後の生き方から得たものかもしれません。以前のブログではその諦めグセが少し改善されて、少しは諦めなくなったということを書きました。

昨日は自転車で往復20キロを走ってきました。途中公園のベンチで休憩をしながら、久しぶりにバックに入れたカメラを取り出して少しだけシャッターを切りました。

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昨日は自転車に乗ること以外に、今月の歌声ペトラの作曲をしたり、その基本のオケや譜面を作ったり、その他ちょっとしたネット関係の整備をしたり、また週末のライブのリハなどなどをしていましたが、それが僕の1日のお給料となるわけではありません。お金ということに関しては無収入な1日なわけです。お金というものが与えられる日と与えられない日とがきっぱり分かれているのが僕の暮らしです。そう考えると今までこうして生活させてもらったことは奇跡のようですし、その中でもそんな僕と一緒に歩んできてくれた妻が1番の奇跡かもしれません。

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どうしてこんなことを書いたのかというと、昨日公園のベンチで休憩をしながら、天からの報酬が降っているなあと感じたからです。この天からの報酬というのは他に良い表現が見つからないのですが、人知を超えた存在からの恵ということです。

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僕はクリスチャンですのでこの世界を作られた神を信じています。でも普段の生き方はというと、目先のこと、そして自分の満足のために生きている者です。神を信じているのですが、本当に神を信じて生きてゆきたいと、ベンチで思いました。それは謙遜のなんたるかを学ぶことなのかもしれません。

そう人はいくつになっても新しくされなければいけませんね。いっぽいっぽ少しずつ。



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2017年5月 8日 (月)

プロテスタンティズム

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深井智朗さんが書かれたプロテスタンティズムを読み終えました。単にキリスト教の歴史ということではなく、キリスト教の変化にともなって社会が変化したり生まれたりしたということにまで及ぶ、まさに「なるほど」と思わせられる内容でした。

最後の方に現代のアメリカや日本のことが書かれているのですが、今ではあまり意識されませんが、アメリカは自由な信仰を求めて大西洋を渡ったピューリタンによって生まれた国です。現在でもアメリカ大統領は聖書に手を置いて宣誓をしますし、スピーチの中にもGODが登場します。オバマ大統領の演説には「God bless America」が最後の言葉だったこともあります。

プロテスタンティズムではこの「GOD」が果たして聖書の神なのだろうかという疑問を投げかけています。結論としてこの「GOD」はナショナリズムではないかと言っています。僕はなるほどと思いました。

ところでアメリカに渡ったピューリタンとは、正教会やカソリック、聖公会などと違って、国の権威とは無関係なところに存在するプロテスタントのキリスト教です。

プロテスタンティズムではアメリカのキリスト教は次第に、成功したものが神に祝福された者、という文化を育んできたと言っています。その視点からアメリカの文化、政治、経済、キリスト教のことなどを考えると、なるほどと思わせられます。

そしてそのアメリカの影響を受けている国のひとつが日本です。日本で特徴的なのは文化、政治、経済まではアメリカナイズされていますが、キリスト教はなかなか受け入れられません。ここで先ほどの大統領のスピーチに登場する「GOD」がナショナリズムだと考えれば、新しい視点が開けるように感じました。

そういえば近年日本でもナショナリズムという言葉がよく語られるようになりました。「美しい国日本」でしょうか。もし「GOD」がナショナリズムと考えるならば、アメリカナイズされない、というかアメリカナイズされようがないのがナショナリズムです(別な国ですから)。ですからアメリカ的な文化を受け入れながらも欠けている「GOD」を求めて、ナショナリズムが表に顔を出したくて呻いているのかもしれません。

僕は日本が大好きです、僕の町から遠くに見える富士山が好きです。でも「美しい国」と言われると僕は自然の美よりは「心」の方を感じてしまいます。ほんとうに美しいんでしょうかねえ・・・・・。「GOD」がナショナリズムで大丈夫なんでしょうかねえ。



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2017年5月 7日 (日)

妄走癖

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昨日は久しぶりに近くの川に沿って続くサイクリングロードを走ってきました。もちろん自転車でです。いつもの片道10キロコースを走りましたが、久しぶりなのでとにかくあまり負荷をかけずに無理なく走ってきました。それにも関わらず戻ったら少し太ももが笑っていたのでかなり運動不足だなあと感じました。

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ところで昨日は走りながらこんなことを考えていました、それは同じ走るのでも、周回するのと往復するのとでは大分感じが違うだろうなということです。周回というのはスタート地点から離れつつも近づいているという、言葉にするとなかなかすごいことじゃあないかと思ったわけです。

それに引き換え往復の場合は前半は遠のくだけ、後半は近づくだけ、ということになります。まあ往復でも限りなく直線に近い長っぽそい円の周回コースだと思えばいいのかあ、などどいうつまらない屁理屈も考えましたよ。

なんとなく思ったのは往復よりも周回の方が飽きないで走れそうということです。周回の方が少し遊びがあり、往復はトレーニングっぽいと言えるかもしれません。周回はひたすらゴールを目指しますが、往復は往路を進めば進むほど復路が長くなるという自虐的な面もあります。でも20キロもの距離で周回できるコースなんてなかないですね。しかしなんと以前は100キロ近い距離で周回したこともありましたっけ。

ここまでどんな展開、どんな結論に至るんだろうと期待して読んでくださった方がいらっしゃるかもしれませんが、なんとこの話のゴールはないんです(汗)。

でも頭のなかに周回する惑星や、往復する振り子時計などなどが現れては消えてゆき、自転車での移動とは別に、頭の中でそれなりにスケールの大きい旅ができたように思いました。

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これってただの妄想癖ですかね。いや妄走癖かな。


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2017年5月 6日 (土)

チクっと

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ある方とのふとした会話がきっかけになり、バロック時代の古楽器の世界と出会い、さらに当時の基準となるピッチが今よりも低いことなどを発見し調べている過程で、リュート奏者であり作曲家でもある中川祥治さんという方の「バロック・リュート入門」というPDFファイルにたどり着きました。

ここで当時のリュートのピッチが今より半音近く低いことを確認したのですが、さらにリュートの演奏の基礎に関して素晴らしい表現に出会いました。これは僕も考えていることでしたが、このように簡潔に表現することができずにいたので紹介します。それは押弦に関してのことです。

以下「バロック・リュート入門」よりの転載です。
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左手運指について

(1) 左手の指先に目があると思うこと

(2) その目は必ず押さえるべき弦を見ていること

(3) 左手指先は、どんなときも「指盤エリア」※に必ず入っていること

(4)左手は3つの目で見ること。すなわち、指先の目、心の目※、そしてリアルな目である。リアルな目はあまり役に立たないので補助的にしか使えない。

※指盤と同じフットプリントで、厚さ2,3センチ 直方体からなる仮想エリア
※「心の目」で見るとは 、頭の中にイメージする仮想リュート(押さえている弦と指盤部分)を見ること。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー転載終了

僕もレッスンの時には頭の中にフィンガーボードをイメージすること、指先で押弦すること、押弦していない指をフレットボードからあまり離さないこと(指がバタツク)を教えますが、中川祥治さんの表現とまとめ方はすごいと思いました。またこのポイントを初心者から徹底させるという姿勢にもすごいと思いました。僕の甘さにチクっと釘を刺してもらった感じです。



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2017年5月 5日 (金)

改革じゃなくて変化

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今年は宗教改革500年です。実際は改革という言葉ではなく変化だったということをどこかで知りました。このどこかで、というのが僕の甘いところです(汗)。

というのも最近というかここ数年、キリスト教について以前に比べたらかなり広範囲に興味を持つようになりました。僕が洗礼を授けていただいたのが1980年ですから、もうだいぶ経っているのにも関わらず、まだまだ知りたいことが沢山あります。

特に宗教改革500年ということで読んでいるわけではないのですが、「ルターの言葉」と「プロティスタンティズム」という2冊の本を同時進行で読み進めています。その上先日ブログに書いたように古楽器でのバッハに目覚めてしまい、しばらくしまいこんでいたギターのために編曲されたバッハの曲集を引っ張り出して弾いたりしています。

そうしていたら自分の中で、リゾネーターギターと古楽器の親和性みたいなことを感じ始めたりして、なんだか面白い朝が明けてくる感じです。

「ルターの言葉」では、この人は本当に沢山の言葉を紡いだんだなあ、と思わず感心してしまいました。短いセンテンスを抜粋してあるのでとても読みやすいです。

「プロティスタンティズム」ではそれこそ知らなかったことがたくさん書かれていました。当時どうして幼児洗礼が行われていたのかといえば、なんと10歳になる前に多くの子供が死んでしまっていたのだそうです。それで少しでも早く洗礼を授けるということになったんですね。ある形式が定着するのには必ず経緯がありますね。おそらく先ほど書いた宗教改革ではなく変化だったというのはこの本に記されていたのだと思います。

そして久しぶりにバッハの曲集にさわってみると、以前よりもギターの高域の理解が進んだなと感じました。おそらくリゾネーターギターでオープンから12フレットまでを縦横無尽に(だったら良いのですがw)使ってきたことで高域の感覚が目覚めたのだと思います。

500年前というと織田信長誕生以前です。ルターによって一般人も読めるようになった聖書を現代の僕も読んでいるって、どうですか。


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2017年5月 4日 (木)

林檎と窓

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最近はめっきり写真を撮らなくなりました。リゾネーターとの遭遇がきっかけでオープンチューニング制覇に夢中になったこともありますが、昨年の初めには10年くらいかけて収集したカメラやレンズの多さが僕の手に余り始めたことも原因のひとつです。

過ぎたるは及ばざるがごとしで、ある意味カメラ&レンズバブルに我を失っていた状態だったわけです。

それはひとえに僕は持っていることに喜びを感じるタイプではないということです。道具として有効に使えれば良いのですが、アマチュアであるがゆえに、機材に頼る&憧れる部分が多く、バブルってしまったというわけです。

昨年春にその殆どを手放して現在は1台のミラーレス&標準ズームとコンパクトカメラの2台持ちとなっています。これでいいのだ〜です。というわけでアップした写真は昨年の4月末にコンパクトカメラで撮ったものです。

ところで僕はiPhoneを使うようになったのがきっかけで徐々にですが、パソコンをウインドーズからアップルに全とっかえしました。アップル機が価格的にも以前に比べて手に入れやすくなったのも要因のひとつです。今ではすっかり林檎人になっているので窓関係のことはすっかり疎くなっています。

ところが先日妻が窓のノートを起動していた時に「アッ!」という悲痛な叫びをあげました。そして続けて「なんだかなくなっちゃった!」だったか・・・「消えた!」だったかと言ったのです。

どうやら深刻な問題が起きたようなのですが、最近の僕は窓関係は少々苦手になっている上に早とちり男なので、てっきりデータ消失だと思いました。窓の中を覗いてみても確かに必要なデータがどこにも保存されていないような感じなのです。

早速ネットを検索して「データ復旧」を調べてみたら、幾つかの会社のサイトにヒットしました。最初の診断は無料ということなので電話をしてあれやこれやお願いし、宅急便がその会社まで窓を運びに来てくれる運びとなりました。

ところが予定の時間に宅急便が現れません。次第に妻も「データが無くなってもなんとかなるかあ」という気持ちも芽生えてきて、宅急便も来ないことだし今回はひとまずこのままで良いか、という気持ちになってきました。

しかし翌朝にふと「僕はデータ復旧会社に住所も電話番号も名前もメールアドレスもみんな伝えちゃったなあ、なのに宅急便も来ないし電話も来ない。ということはデータ収集詐欺にひかかっちゃったんではないか」という疑念が湧いてきたのです。妻にも「僕宛で意味のわからない通知が来たら教えて」と言ったくらいです。

しかしその日の夕方にその会社から「予定の荷物が届かない」旨の電話が入ったので、ひとまずデータ収集詐欺ではなかったことが判明しました。

さらに約1日かけて僕が窓のこじあけにチャレンジして、なんとかデータを見つけ普通に使えるように実質復旧となりました。

妻のパソコンはもともとW7だったのですが、昨年勝手にW10になり、その後の微妙に使い勝手が悪いのと、親切心だとは思いますが、勝手になんかをしてくれることへの疑いと戸惑いが、今回のパニックの原因となっていることは否めません。

パソコンの世界も一世代が終わろうとしているような感じがします。機能やスペックに関しては何年も前からもう充分ですもんね。



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2017年5月 3日 (水)

灯台下暗

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昨日カポタストのことでちょっとした発見がありました。僕がこれまでカポタストを選んできた基準は軽量で小ぶりということです。トンプソンでメインに使っているのはPAGE、リゾネーターで使っているのはSHUBBでどちらもアルミニウム製の軽量タイプです。

SHUBBカポは定番ですので良くできていますが、ウイークポイントはギターに装着した時、微妙に押弦の邪魔になるというところです。これはほぼどのカポにも共通していますが、PAGEのカポはほぼネックに寄り添うような形状なので使いやすいと思います。しかし少しネックが太いリゾネーターにはPAGEのカポはサイズが小さくて使うことができません。

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そこで昨日、普段は全く使うことがない、かなり昔に買ったジムダンロップの原始的(失礼)なカポを試してみました。そうしたらこれがなかなか良いではありませんか。もちろん軽量ですし、押弦時の邪魔にもなりません。ひとつ気にになるのが装着時に弦を横方向に引っ張りそうなところです。弦を引っ張ると音程が狂うのでそれでは使い物になりません。

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というわけでどうしたらうまく装着できるかを試してみたのですが、始めから絞めた時に動くであろう方向に、弦に当たる部分全体を微妙に動かしてから絞めると良いことがわかりました。

この原始的なカポが良いなんてまさに灯台下暗しでした。何十年前から持っていたのかも思い出せないですからね。


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2017年5月 2日 (火)

え!半音も

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今日は昨日書けなかったクラシック関係のことです。

僕のギター演奏には10代の頃にクラシックギターの教則本から得たことが土台の一部になっています。その後も自分の楽しみとして、クラシックギター曲にチャレンジしてきました。このバッハ名曲選集もその中のひとつです。

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どうしてバッハなのかというと「とにかくチャレンジしてみたい」という程度のことであったと思います。残念ながらここに収録されている曲たちには今の所負けっぱなしです(汗)。

ところでバッハが好きか?と問われると正直「うーん・・・」という感じの僕でした。それは現代の演奏を耳にするたびに、なんだか追いたてられているような気になるし、どこか上から目線というのか微妙な空気感を感じることが多かったからです。しかし先月ある方との会話を通して知った古楽器での演奏を聴いてこれまでのバッハに対する印象がガラッと変わりました。

それは「La petite bande」という古楽器オーケストラです。まずはヨハネの受難曲。

これまで普通に耳にしてきたバッハと、ざっと何が違うかというとまずは現代の基音(調律の基本になる音)が440ヘルツですが、バッハの時代は410ヘルツくらいだったらしいです。いろいろ調べていて、リュートの調律は今よりも半音程度低かったということも知りました。

「え!半音も」という感じがしますが、440ヘルツと410ヘルツは半音程度違うこともわかりました。半音下の音程の周波数の比率は16:15になるらしいので、計算すると412.5ヘルツとなります。まさに410ヘルツくらいということになります。この基音の違いで、演奏は全く別な曲と言っても良いくらい違って聴こえます。

次に違うのは当時の楽器は現代の楽器のようによく鳴らなかったということです。ということは音が伸びなかったということでもあります。ですからバッハが曲によっては僕が追い立てられるように感じるほど沢山の音を使うことの意味も理解できるように思えました。それは和音を構築するひとつの方法だったのではないかと思ったわけです。

そしてこんな演奏にも出会いました。有名なG線上のアリアですが、この演奏で僕は初めてこの曲に感動しました。

というわけでこれからは古楽器の演奏で当時の音を聴くという新しい興味が湧いてきました。ちょっと趣味に近いかもしれませんね。

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2017年5月 1日 (月)

これからいろいろありまっせ

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4月27日が今年度の東京基督教大学でのレッスン初日でしたが、初めて受講する方も多かったこともあり、それまでは少々落ち着かない気持ちがしていました。振り返ってみれば4月にはコンサートも多かったですし、ちょっとしたブッキングトラブルもあって慌てたりもしました。

また3月末にウッドのリゾネーターを手に入れたのですが、欠陥が見つかったので購入店へ持ち込んだのですが、原因がわからなですし、すでに購入時にピックアップを仕込んでもらっていたこともあり、初期不良の返品ができないということで新古扱いで引き取ってもらいました。お店の方も申し訳なさそうにしていて気の毒でした。僕もそれなりのお金が飛んで行ってしまい気の毒なのですが・・・。

ところがその出来事の直後にStyle-Oを購入したお店にウッドのリゾネーターが中古で出たのです。こちらはNationalの元々欲しかったタイプですし純正のピックアップも付いています。価格はもちろんぐっと安くなっていたので、普通ならば買いです。

翌日連絡をしてひとまずキープをしてもらい、昨年手に入れたパーラーギターを泣く泣く下取りに出すことも決めてお店に向かいました。現物は音的には何ら問題はありませんでしたが、塗装に少し白濁しているところがありこの値段まで下がっていたようです。そして結局購入することにすしました。

これでライブで使えるリゾネーターが2本になったので、トラブルや修理が必要な時の予備ができて安心ですし、音のキャラクターが違うのでレコーディングやバンドでの演奏などにそれぞれが適材適所力を発揮してくれると思います。

楽器ではないのですが僕の愛車が走行距離15000キロを超えてきて、年末には車検なので、そろそろ替えを考えなくちゃと思い始め、自分たちのニーズに合った車がないかどうか、友人や車屋さんにいろいろと情報をもらいながら考え始めています。

今年は僕のデビュー40周年ということで9月8日に東京、9月29日に仙台でのライブを予定しています。また11月23日には東京でサプライズなライブの計画も進んでいます。

リゾネーターの2本(正確には3本)持ち、車の買い替え、デビュー40周年と頑張らなくちゃあな感じですし、歌声ペトラも20周年と盛りだくさんの年となっています。まずは今月27日のギンイロヒコーキでの投げ銭ライブの準備です。スティールパン奏者の伊澤陽一さんと初めて音を合わせますので譜面作り等々頑張らなければなりませんが、スティールパンとのコラボは憧れでもあったので、今からめちゃくちゃ楽しみにしています。投げ銭ライブとは言っても、行き当たりばったりで適当なライブではありませんので、普通のライブと同じ感じでお出かけください。予約も入ってきていますのでお越しの方は事前予約がおすすめです。

実はクラシックに関係したことを書こうと思ったのですが、なんと近況だけで終わってしまいました。次はクラシック関係のことを書きたいと思います。

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