« 思いつめすぎるのも考えもの | トップページ | 欠けに気がついている »

2017年5月21日 (日)

泣ける、笑える、いられる、

20170521_61640

昨日はお茶の水で開かれた「メディカルカフェ」という集まりで歌う機会がありました。メディカルカフェは癌を得て闘病されている方やそのご家族、医療関係に従事されている方が集う、リラックスした語らいの場です。

病気に限らず深刻な問題や悩みは、日常生活の中では口に出しにくいものです。それを言われた相手の困惑や動揺の想像がつきますし、その会話の内容によっては自分自分もかえって傷ついてしまうのではないかという不安もあります。

「メディカルカフェ」ではみなさんが同じような体験をされているので、自分自身の現状について安心して口に出すことができます。プログラムは榊原寛牧師のナビゲートによりスタートから笑いがあふれていました。

次に「メディカルカフェ」の母体となっている「一般社団法人がん哲学外来」理事長の樋野興夫先生の講話へと続きました。ぼそぼそっとした口調で語られる言葉に皆さんが耳を傾け、しばし心を休めていらっしゃるような印象を受けました。

続いて僕たち夫婦の番です。約40分ほどの時間、皆様とやりとりしつつ歌いましたが、予定になかったアンコールまで頂き良い時間となりました。

その後はテーブルを囲んでの語らいの時です。1時間ほど過ぎた頃に何人かのテーブルリーダーの方々からの今日の感想が話されました。詳しくは書けませんが僕はその中で何度か涙させられてしまいました。

一緒に泣ける、笑える、そしていられる、ってなんて素敵なことなのでしょうか。僕の若かった時代にはみんなと一緒に居られることを特別なことだなんて考えたことがありませんでした。でも最近は一緒にいること自体が難しくなってきているように感じます。自分以外の人と一緒にいたくないのかもしれないし、一緒にいてもそれは物理的に同じ場所にいるというだけになってしまっているかもしれません。それは家族でもそうなりつつあるということを聞いたことがあります。社会学者の宮台真司さんの言う「感情の劣化」が僕たちの生活全般にひたひたと及んでいるのかもしれないですね。

|

« 思いつめすぎるのも考えもの | トップページ | 欠けに気がついている »

日記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 思いつめすぎるのも考えもの | トップページ | 欠けに気がついている »