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2017年6月29日 (木)

笑い&爆笑&大爆笑

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昨日からのツヅキです。

さて早い夕食を終えた僕たちは16時半に末広亭前に並び始めました。時々開くドアからは柳家喬太郎の高座に大爆笑している声が聴こえます。「あ〜ちょっと顔だけでも見たいなあ」と思ったもののさすがにそれは叶いませんでした。ドアはすぐそこなのに・・・。こういうのは次回のお楽しみにとっておきなさいということですね。

さて昼の部が終わり、お客さんが大分入れ替わりましたが、そもそも立ち見が出ているわけですから、夜の部まで楽しもうという方々で1階の椅子席、桟敷席と埋まっていきます。場内が落ち着いてから改札が始まり、僕たちは二階の桟敷席に案内されました。二階には後ろの方に椅子席があって僕たちはそちらに陣取りました。壁にBOSEの101が設置されていて、高座の声はもちろんですが楽屋の挨拶の声なども聴こえてきます。]

Bose101


これはなかなか楽しい臨場感でした。BOSEと末広亭は違和感がありましたが(笑)。

席に着くと間もなくお囃子が始まりいよいよ開演です。僕にとっては二回目の寄席でしたが、妻は初めて。僕の人生の喜びと安心は妻の笑顔です。生活の隅から隅まで、妻が笑っていてくれればOKというわけです。さあ初寄席の妻は大丈夫かなと多少心配をしましたが、結構笑い&爆笑&大爆笑で、僕はひと安心の三乗って感じでした。

落語を聞きながら意外だったのは演目の半分近くを知っていたことでした。日頃からまあまあテレビの落語は録画して楽しんでいるので、知らず知らずのうちにそれなりに知っていたようです。

とにかく4時間という長丁場なのに飽きさせない番組作りの妙、演者の妙です。人前に立つ者としては、それらに垣間見えるほんの些細なことでもとてもためになります。とにかくみんな押しも押されもせぬプロです。有名無名(失礼!寄席で活躍されていてもテレビに出ないと無名という時代ですねえ)に関わらずそれで生きてきた方々です。観客に受けるとか受けないとかというレベルではないところで演じきることの凄さ、気持ち良さ、安心感はものすごいものです。

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それから改めてなるほどと思ったのが、落語は庶民目線で反権力寄りなんだということです。主任の小三治師匠はもちろんのこと、その他の噺家さんの口からも権力への批判めいた言葉が飛び出していました。

ちょっと話が跳びます、先日MXテレビのモーニングクロスの中である方が、「最近の新聞の1面の見出しの主語が「国は」とか「政府は」とか「総理は」、というような権力側になっている。本来新聞の見出しは、「国民は」とか「庶民は」とか「我々は」、でなくてはならない」とおっしゃっていました。これに関してはめちゃくちゃ納得です。僕は寄席の空気の中にふとこの方がおっしゃっていることに通じるものを感じました。笑点が日テレで放映されているのが不思議なくらいです。円楽師匠とかたまに政治家批判をしていますもんね。

さていよいよ主任登場の時間がやってまいりました。すでにここまでとは違った空気が場内を包み始めました。小三治師匠のためだけに置かれた湯飲みを見ただけでもワクワク感が高まってきます。

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出囃子が始まるとあぐらをやめて正座をする人もいますし、そうでなくてもほとんどの人が背筋を伸ばして、ありがたい講話を聴く時のようななんとも言えない緊張感がみなぎってきました。そしていよいよ真打登場です。

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まくらでは「都議会選挙をやっているから話しにくいから、政治の話はやめよう・・・」と語りつつも独特の間を挟みながら、「でもあの議員は・・・」、間、「やっぱり他の話にしよう・・・」、間、「政治家ってのは・・・」、間、みたいに核心の周りで遊んでいる惑星のように、ご自分の思いを撒き散らしていました。演目は「転宅」というこれまた有名な噺。

それにしても、あらかじめ知っているストーリーを演者がどう演じるのだろうかという期待を持って聴く楽しみ。「これってすごいですねえ(ちょっと朝ドラの茨城弁で)」です。

実は最近、斬新とかオリジナリティーってそんなに優れたものなんだろうか、と考えるようになりました。これは自分が関わっている教会音楽の世界にも言えることなのですが・・・。というか僕自身、教会音楽の世界で新しいことやオリジナリティーにこだわりながら関わってきた人間でありますので、実は当事者です。

斬新やオリジナリティーが良くないこととは思いませんが、その結果のひとつとして、オーソドックスな、基準になるようなものがなかなか生まれないということがあるのではないかと思います。誰もやっていないことをやる、他と違ったことをやる、それが僕が育ってきた音楽の世界ですが、それをそのまま教会音楽の世界に持ち込むと、拡大ではなく拡散につながるようにも感じます。

落語の世界に浸りながら僕はこんなことを考え始めていました。ひとまず考えなくてもわかることは、僕にはまず「深み」が必要だということですかね(汗)。



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