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2017年7月28日 (金)

知っているようで知らない世界

Puttit

夏に水分を求めるように、最近はなぜかバッハを求め始めるようになった自分。そんな僕はこれまでバッハをあまり好きにはなれませんでした。とは言っても聴きかじり程度にしか聴いていないわけですから、愛好家の方からしてみたらそんなレベルでバッハが好きだとか嫌いだの言うこと自体がちゃんちゃらおかしいことだと思います。

僕がバッハを好きになってきたきっかけは、昨年から時々ご一緒するようになったOさんから「La puttite bande」という古楽器オーケストラを紹介してもらったことからでした。古楽器で演奏されるバッハはそれまでのバッハのイメージを全く変えてくれたのです。そこにはどこか高みから見下ろしているようなバッハではなく、何かバッハを身近に感じられるようなリアリティーがありました。それは古楽器での演奏が、バッハが作曲した時のイメージに近く、元祖バッハと言っても良いからだと思うのです。

古楽器達は現代の洗練された楽器に比べれば不自由そうに演奏されているように感じます。おそらく現代の楽器と比べたら、音量、響き、音の伸び、などなどが劣っている?ことと思います。しかし僕はそこを補おうとする演奏者のメンタル力のようなものに魅力を感じました。演奏力と言うよりもメンタル力です。

もちろん演奏力があってのことであることはわかりますが、不足や不便を補いつつ踏ん張っている演奏者のこだわりと心の力を感じるたのです。

長くなりましたが、そんなきっかけで僕は今バッハワールドの門口に立っています。以前は曲によってはあまりに過剰な音、理屈っぽい音に不快感を覚えていた自分が、今は心地よさを覚えながらその世界に身を置いています。

ここに至る理由をつらつら考えてみると、近年クラシックの演奏家の方たちと親しい交流を持たせていただく機会があったり、愛好家の方の話を聴くことができたりと、いろいろ考えられます。しかしそれらをずっとたどって行くと、僕の幼少期にクラシック好きの叔父が聴かせてくれたクラシックに行き当たります。中でも印象に残っているのがビゼーとラヴェルです。僕のどこかにボレロのあのリズムと旋律があるように思いますし、カルメンのオーケストレーションとドラマ、長い時間の後に聴こえるカルメンの悲鳴などの記憶が僕のどこかに生きているのでしょう。おそらくはこの辺に僕がバッハを好きになったルーツがあるのではないかと思います。

しかしバッハはビゼーやラヴェルとは違う気配がします。以前の僕にはそんなバッハがなんとなく格式張った感じがしていたのも事実です。それが今はその格式の中に響く音色、音たちの間にある響きといいますか、その音空間に身を置くのが心地よくなってきました。その音空間はことばにしにくい世界です。それはことばが無いということではなく、ことばが音になっているような感覚です。

聖書の初めに「光よあれ」という有名なことばがありますが、もちろん神が日本語で言ったわけはなく、それはひょっとしたらオーケストラの響きのようであったのではないかな、なんて考えてしまいました。人の身近にある音楽。知っているようで知らない世界がまだまだたくさんありそうです。

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デビュー40周年記念ライブのお知らせです。

両日ともにチケットはありませんので、事前にMAKOTO BOXへお申し込み
いただければ席をご用意します。当日入り口でお名前をおっしゃってくださ
い。

MAKOTO BOX Email:singanewsong@cmail.plala.or.jp

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