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2017年7月26日 (水)

意味がなくちゃいけない病

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僕は歌詞を書くのが苦手です。これまで自分で作詞作曲した曲が生まれた時の状況や背景を考えてみると、まずは自分が困難な中にある時、さらに誰かが困難な中にある時、そして作曲を依頼されて締め切りがある時だったように思います。

たまに綺麗な景色を見た時に「こんな景色を見たら歌が出来るんじゃないですか」と言われることがありますが、僕はこう答えます「最高なものが目の前にある時はそれを歌にする気持ちは起きないんですよ・・・、目の前にあるのならばそれを見ていれば良いので・・・」。

僕が作詞を始める思う時は、最高で必要なものが遥か遠くにあって手に入りそうもない時、最高のものに憧れる時、またそれを必要としている誰かに届けたいと思う時です。ですから誰かにテーマを与えられれば作詞をすることができますが、自分の中から自然発生的にことばをつむぎ始まることは最近では少なくなりました。きっと生まれつきの詩人とか作詞家とかいう人ではないんだと思います。

昨晩は歌声ペトラという毎月の集いがありました。毎回新しい賛美歌を作り皆さんと一緒に歌うという集まりですが、昨晩は239曲目の曲でした。僕の担当はメロディーを作ることです。今年は歌声ペトラ20周年ということもあって、開催に携わっている仲間を思い浮かべながらメロディーを作っています。

この人はこんな人生を送ってきたからこんなメロディーをとか、この素敵な夫妻には夫婦をイメージした曲を、なんていう感じです。メロディーが出来上がって、どこがそうなの?と問われれば上手に説明する自信はありませんが、僕の中ではしっかりそうなのです。どこからその確信が訪れているのかはわかりませんが、そう思えるからこそ作曲ができるのではないかと思います。

では作詞においてはどうかというと、ある人をテーマに書けと言われれば書き始められますが、自然発生的にはできません。あれ!ということは作詞もテーマがあれば書き始められるんじゃん、って今頃気づいている自分が怖い。

でも例えば「風」というテーマで書けと言われたら、メロディーに関しては今日は雨が降っているからBbから始めよう、とか今日は気持ちが良い日なのでGかBから始めようなんて思えるのですが、作詞はそうはいかないように思うんです。例えば風ということばを入れ込んで「山を越えた風は立ち止まり 土手に腰を降ろしている」なんてことばを並べてみても、そこからは特に何の意味も伝わってはきません。

しかし待てよ、「若い頃は意味なんて考えずに作詞をしてたじゃないか」と言っている声も聞こえてきます。ひょっとしたら僕は「意味がなくちゃいけない病」にかかっているのかもしれません。

本当に何かをするのに意味がなくちゃいけないんでしょうかね。本当は無駄や遊びが大事で、意味なんて後でついてくるものかもしれないですね。



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