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2017年8月 4日 (金)

ふたつのJ

Guy_clark

最近シンガーソングライターのガイクラークの歌を耳にする機会があって、シンプルに「いいなあ〜」と思いました。地味なといいますか深い感じのするシンガーです。深い感じのするというのは、僕には英語の歌を聴いて理解できる英語力がないので、あくまでも聴感だけのイメージだからです。まあ僕はこれまで洋楽の全てをそのようにして聴いてきました。

まあ歌に関していえば僕に限らず、日本人の多くの(過去の多くのかな)洋楽ファンは意味をわからずに感動しているという、世界から見たら「変」な愛聴者なのではないかと思います。レコードの時代には日本語訳の歌詞カードを見ながら意味を理解したものでした。しかしそれも意味としては、日本語の詞としては入ってきますが、そもそもの歌の持つ魅力、特に音楽的な魅力を現し切れてはいないはずです。

しかし英語力がないおかげで育ったものがあります。それは妄想力です。歌の中の理解できることばから勝手に妄想して自分の憧れに近づけたり、憧れを紡いだりしたものです。それは今でも変わりませんから、僕は未だにアメリカに西洋に憧れる日本人なのだろうなと思います。

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アメリカに西洋に憧れる僕にも葛藤があります。それは自分がまぎれもない日本人であるということです。日本という精神世界、自然環境の影響を確実に受けながら育ち、生活してきたわけですから江戸時代や明治時代とは全く同じというわけではありませんが、近代の日本人であることは間違いがありません(見た目もね)。

以前「ふたつのJ」という曲を作りましたが、それは日本人でありながらクリスチャンであるとはどういうことか(ふたつのJはJesusとJapan)、ということを僕なりに歌に込めました。あれから10年以上過ぎたので多少の考え方の変化はあるものの、今でも「ふたつのJ」が自分にこだまし続けているのは変わりません。

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日本人が日本について、特に精神性について考えを進めると極右とか極左極端になる傾向があるかもしれません。それは日本人というくくりで考えるのではなく、人間はというくくりであるべきなのかもしれませんが、僕の中にも右でも左でもなく、地に足のついた真ん中の感覚が欠けていると思います。どちらかに偏ってしまいそうな極端が潜んでいます。

日本人の精神性については、敗戦によってそれまでの日本文化を捨てさせられたから失ってしまった、という考え方がありますが、そうであっても本来の文化の力、精神の力があれば、敗戦後にも新たな日本文化が花開いても良かったのだと思います。しかし現実はどこかアンバランスで自分たちらしい文化が育っているとは思えません。

長々と独り言のようなことを書きとめてしまいましたが、それは僕の洋楽の聴き方と今の日本とが重なるような気がしたからです。それは僕の聴き方も日本の西洋文化の受け入れ方も、西洋の文化の芯を捉えていないのではないかということです。

ではかつての日本人の精神構造を取りもどそう、という考えも違うでしょう。僕自身、日本人の精神構造すらちゃんと捉えているかといえば疑わしいからです。

それにしてもガイクラークの歌は心地よく耳に滑り込んできます。西洋文化はほぼキリスト教の影響下にあります。クリスチャンに限らず日本人は「ふたつのJ」を意識しつつ、自分たちの、世界の中の自分たちのあり方、道を模索しなければいけないのではないでしょうか。

今日は偉そうなことを、それもまとまりのないことを書いてしまい申し訳ありません。

今も部屋には洋楽が流れています。




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コメント

じゃじゃ馬億万長者!?

投稿: ごえもん | 2017年8月 6日 (日) 23時51分

そう。時々オープニングの曲をバンジョーで弾きたくなります。

投稿: ぶち | 2017年8月 7日 (月) 09時19分

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