« ふたつのJ | トップページ | 日常が立体的に »

2017年8月 5日 (土)

端末の母艦

Img_4414

僕の作った「贈りもの」という曲は「窓辺に揺れる光の中で 透き通る花びらや〜」という歌詞で始まります。ここにある窓辺は薄日が差し込んでくる僕のお気に入りの窓辺です。

以前もこんピューターの林檎(アップル)と窓(ウインドーズ)関係のことを書きましたが、先日から妻の窓機が微妙にトラブったり何やらで僕がメンテ的なことを始めました。僕自身が使っていた窓はXPまでなので、その後の窓のアップグレードバージョンは妻の不具合解消で触るだけになっています。

その上トラブったPCばかり触っているせいもあり、ますます気持ち的には窓から遠ざかってしまっています。特にPCが勝手に窓10にバージョンアップされてからというもの、クラウドに保存されているだの、オフィスは毎月支払いが発生するみたいだだの、わけのわからないことだらけになってきています。で、こちらの窓は歌とは違って、僕にとってはあまり嬉しくない、厄介な窓になりつつあるのです。

最近のコンピューターはエンドユーザーが必要とする機能以上のものを持ってしまっているために、よほど動きが遅いとか、壊れた、とかいうことでもない限り買い換えることがなくなっていることでしょう。現に僕の2台のMacも7〜8年は使い続けていますし、まだまだ使う気でいます。

コンピューターが売れなくなったコンピューター会社は、クラウドやアプリを毎月課金するシステムにしてしていかないとやっていけないんだろうな、ということは理解できるのですが、これまでは一旦買ってしまえばずっと使えたソフト。あるいは元々パソコンに付属していたソフト。そのような感じで使っていたソフトを毎月使用料を払いながら使うのにはいささか抵抗があります。ほとんどの場合ソフトの機能全部が必要なわけではないので、せめて機能制限付きのフリーとか、安価なグレードも用意してくれたらいいのにと思います。

実は林檎の方も昨年、最新のOSにバージョンアップしようとしたところ、これまでのようにスムーズにはいかなくて、結局タイムマシーンで復帰する羽目になってしまいました。結局その後は怖くてバージョンアップは見送ったままにしています。

コンピューターも以前は機械であり道具だったものが、インターネットの高速化やクラウドが普通に導入されるようになってから、コンピューターが機械という物ではなく、概念みたいな、イメージ的な機械に変わってきたような感じがします。コンピューターとスマートフォンがどんどん近づいてきて、端末の母艦のような位置付けになってきているようです。

こうしてああだこうだと愚痴をこぼしていますが、ひょっとしたらコンピューターの問題ではなく、僕の頭の問題かもしれませんね。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
デビュー40周年記念ライブのお知らせです。

両日ともにチケットはありませんので、事前にMAKOTO BOXへお申し込み
いただければ席をご用意します。当日入り口でお名前をおっしゃってくださ
い。

MAKOTO BOX Email:singanewsong@cmail.plala.or.jp

20170725_91925



|

« ふたつのJ | トップページ | 日常が立体的に »

日記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ふたつのJ | トップページ | 日常が立体的に »