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2017年8月 7日 (月)

違いを楽しめる

Ehon18141

昨日は秋葉原近辺でのカメラ散歩のことを書きました。僕は5月から毎日ブログを更新するようになっていますが、時々「どうしてそんなに頑張れるんですか」と質問されることがあります。まずは単純にしばらくお休み状態だったブログを「初めてみようか」と思ったことがきっかけです。他に無理やり理由をつけるとすれば、いつも少しでもまともな文章を書けるようになりたいという思いがあり、そのトレーニングをしているということです。

少しテーマがそれますが、僕の苦手なことのひとつに漢字を書くことがあります。何故か憶えるのが下手だし一度憶えても忘れてしまいます。時々「〇〇という字は○偏に○と書く」なんてスムーズに言える人に出会うと尊敬してしまうし、プチ憧れを持ちます。その上字が綺麗だったら僕にとってはスターです。

そして僕が苦手としているのが文章の句読点のつけ方です。これまでいろいろと勉強しましたが結局よくわかりません。どうも頭の中で音楽的なことばのリズムに合わせて休符を入れたくなるんですが、文章は一概にそうでもないらしく、休符と読点の違いがよくわかっていないということなのかもしれません。また句点もこんな短い文章で打っても良いものなのか?なんて戸惑うことがあります。その上段落についてもなんだかよくわかりません。

最近これらのことはひょっとして僕の頭の構造と関係があるのではないかと思うようになりました。昨今発達障害のことが取り上げられることが多くなり、発達障害について教えられることが多くなりました。元々僕は「障害」ということばを使ってしまうことに違和感を持っていますが、個人で日常生活を送れないほどの現れを抱えている場合には、障害というくくりがあることがプラスに働くことがあり得るかもしれないとも考えるようになってきました。

僕が文章をちゃんと書けないということに関しては「苦手」というレベルのことかもしれませんが、理解する能力に欠けている、と考えることもありだと思い始めました。だから「どうせ俺は書けないんだよ」と開き直るつもりはありませんが、ひょっとすると「苦手」っていうものが、やる気や努力や根気で解消されるものではないという可能性があるということです。人はいつまでもできないと落ち込みますが、できないことをなんとかしようとするだけではなく、できないことをできることでカバーするという考え方もあり得るかもしれません。

ところで僕には妻という、僕にできないことができる人が付き添ってくれています。外部へ出す出版物の原稿の校正は彼女がしてくれていますし、コンサート全体の流れを考えるコンサート制作も彼女が請け負ってくれています。ある意味僕に関わる人間関係の細やかな部分も彼女がケアしてくれています。書けば書くほど頭が上がらなくなるのでこの辺にしておきましょう(笑)。

実際には自分でできないことを自分ができることでカバーをするということも難しいことだから、僕たちの隣に個性の違う人たちが存在しているんだとしたら、ものすごくうなずけます。もし発達性障害の障害ということばに「人はみんな同じタイプじゃないといけない」という意味を含んでいるのならば僕はその言い方に断固反対です。やはりみんな違ってそれでいいのだと思います。違いを楽しめる文化を育てていかないと、いざという時にとても脆弱な私たちになるのではないかと思います。大げさに言うと国防も将来も危ういということです。



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