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2017年8月16日 (水)

参拝はおひとりおひとりで

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昨晩はNHKスペシャルの「インパール作戦」を観ました。1944年3月、イギリス軍の拠点であったインドとビルマ国境近くのインパールを攻略するために日本軍は軍を進めました。しかしこの作戦では日本軍の誰ひとりインパールの地を踏むことがなく、ある資料では3万8千人ともいわれる人々が戦死し、作戦中止後の撤退時も含めて餓死や病死者が4万人とあります。さらに行方不明者が多数いるので正確な人数はわからないということのようです。これらは日本軍の戦死者の数ですが、インド国民軍、イギリス軍の死病者数も5万人を超えるということです。

僕はこの年齢になるまで日本が関わった戦争について詳しく調べることも、学ぶこともしてきませんでした。それはとても恥ずかしいことだと思います。おそらくその根底には受け止めがたい凄惨な戦争から目を背けていたいという気持ちがあったのではないかと思います。自分たちの先達たちの過ちや苦しみから目を背けていたい、過去のものにしたい、という気持ちがあったのだろうと思います。

皮肉なことですが北朝鮮とアメリカの緊張関係の中で終戦記念日を迎えて、やっと戦争が他人事ではないということに気づかされている自分です。

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終戦記念日というと必ずニュースになるのが政治家の靖国神社参拝です(写真は2014年)。「みんなで靖国神社を参拝する国会議員の会」だそうです。A級戦犯合祀のことも、明治から第二次世界大戦までの戦死者が、望むと望まざるとに関わらず英霊として祀られていることも、いろいろ議論のあるところですが、それは横に置いておいておいて、国会議員が集団で参拝するってどうなんでしょうか。僕はどうぞおひとりおひとり参拝なさったら良いのにと思います。集団を組まなければできない参拝なのだとしたら、そもそもどこかがおかしいのではないかと思います。

先の戦争について日本人として振り返ることを忘れてはならないでしょう。しかし政治家の皆さん、当時は軍国主義だっただろうがなんだろうが、権力を持った方々が下々に命令を下して戦地に行かせたことは明白です。もちろん開戦時には国民全体が高揚感を持っていたのかもしれませんが、やはり戦争の責任は指導者にあるでしょう。

そういう意味でも政治家が先の戦争についてどう考え行動するかは大きな問題です。少なくとも集団で参拝なんて言外ではないですか。列をなして歩く皆さんの姿が戦いに向かう人たちに見えてしまのは僕だけでしょうか。



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日記」カテゴリの記事

コメント

インパール作戦、私も観ました。13年前韓国の教会を訪問した際に、長老の方々の話す流暢な日本語に愕然としたことがあります。靖国参拝は、言わば「赤信号、みんなで渡れば怖くない」的集団ファシズムでしょうか。聖書の神の国が来ますようにと祈る以外、日本の政権に希望を見出すことができないでいます。

投稿: まつかよ | 2017年8月17日 (木) 01時51分

アジアの国々には日本語を話される年配の方がいらっしゃいますよね。統治された側の方々の声をもっと知らなければと思います。世界大で考えるとキリスト教も似たようなことをしていたことがあるので、それもちゃんと知らないといけないなと思っています。ある意味今も・・・かもしれませんが。

投稿: ぶち | 2017年8月17日 (木) 07時19分

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