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2017年8月12日 (土)

微熱老人

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昨日は40周年記念ライブの譜面作りのために僕の20歳前後の時のライブ録音を聴きました。音源はカセットテープです。聴きながらこの機会にこの音源をMacに取り込んでおこうと思い立ち、オンボロのカセットテープレコーダーで再生させながら録音をしました。我が家には自分の記録を含めてたくさんのカセットテープがあるので、いつか時間を決めてデータとして残すのも良いなと思いました。でも仕事部屋のカセットデッキは普段使いのシステムから外してあってここ何年も使っていません。これも一度動かしてみる価値がありそうです。

カセットの両面、約40分くらいに録音されている若い頃の自分の歌と演奏を聴きながら、まずは僕の若さを感じました。さすがに若いって素晴らしいというような感じではありませんでしたが、改めて感じた自分の若さのひとつは、音楽理論などをあまり知らないことによる独創性です。まあ乱暴だったということです。それから次に感じたのは未来への憧れのようなものです。この憧れは恋愛のことではありませんが、やはりどこか甘酸っぱさが感じられました。若さっていうのは甘くて酸っぱい、と言っても良いのかもしれません。「え!にがくて重苦しいんじゃないの」という方もいらっしゃるかもしれませんね。

僕は阿佐ヶ谷に住んで、歌おうとしていた時期がありますが、当時はバイトにありつけたとしてもあまり金はなく、飯もろくに食べていませんでした。将来どうするのか、どうなるのかもわからずにいたのですが、それでも真っ暗じゃなかったように思います。変ないい方ですが、ちゃんと人生をなめていて、「そのうちなんとかなる」と思いつつ、絶望や闇さえ、どこかで楽しんでいるような自分でした。やはり持っている命の量、持っている時間が今とは違うということが大きかったと思います。

そしてあれから約40年。生きるということの実際を知り、責任というものにも気がつき、誰かを教えるというようなことまでするようになった自分。あの頃の自分を考えると、空恐ろしいことをしているもんだと思います。

「60歳になった〜ら、60歳になった〜ら、まともな人になれたかな」、なんて歌ってみたくなります。自分のことは自分ではわからないものです(少なくても僕は)。でも自分という自分は確実にいます。この年齢になって、「僕って一体誰なんだ〜」なんて叫ばれても困りますよね。

多分僕は若い頃の甘酸っぱい憧れの中に、いま住んでいるのだと思います。あの憧れが風船だとしたら、僕はその中にいて内側から眺めているのかもしれません。否応なしに手にするものは手にしたのでしょう。ですからもう若くなくて良いのでしょう。でもこの憧れの風船が風に乗って旅ができるように、微熱を発し続けながら生きて行くという感じでしょうか。微熱老人ってちょっと危ないかも(微熱少年にかけました)。




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デビュー40周年記念ライブのお知らせです。

東京は席が残り僅かとなっています。

両日ともにチケットはありませんので、事前にMAKOTO BOXへお申し込み
いただければ席をご用意します。当日入り口でお名前をおっしゃってくださ
い。

MAKOTO BOX Email:singanewsong@cmail.plala.or.jp

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