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2017年8月15日 (火)

アジアの外れの街に僕は立つ

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終戦記念日の今日、自分が年齢を重ねるほど、そこに至る経緯についての無知さ加減に恥ずかしくなります。日本では近現代史の教育が抜け落ちていることはよく知られています。その理由のひとつは現代史以前の歴史に授業時間を費やしてしまうからだといわれますが、本音は日本の近現代史が複雑であることと、そこに日本人の本来の顔が見え隠れするからではないかと思います。この本来の顔というのは今の政治の奥にも潜んでいると思いますが、その顔は決して現代の一般的な日本人が好意を持つような顔つきではないでしょう。

日本人の僕たちは、以前は日本が帝国であった、あるいはあろうとしたということを考えなければいけないと思います。僕の歌詞に「アジアの外れの街に僕は立つ」というフレーズがありますが、僕が体感として感じてきた日本は、アジアの外れの島国という位置付けでした。それは美しい四季を持つ楚々とした国というイメージです。しかし明治以降の日本はそれとはかけ離れていて、巨大な帝国であろうとしたのです。

後藤牧人先生の著書に「日本宣教論」があります。以前とても興味深く読ませていただきましたが、その中にヨーロッパ人の東南アジアの人たちへの関わりかたについて記されている部分があります。それはヨーロッパ人からしたら、東南アジアの人たちは「猿と人間との間」、自分たちと同じ人間ではない、に近い認識だったとあります。しかもこれは悪徳商人たちが考えていたことではなく、キリスト教の宣教師たちがそう考えていたとのことです。このようなベーシックな考え方の上に「だから彼らの生活習慣や文化を改めさせ人間として生活できるように教えよう」という考えが生まれ、自分たちの資源確保のためにも植民地として統治するという考え方になったのでしょう。

大日本帝国はこれらの西洋の植民地支配からアジアを解放させる、という大義名分を持っていましたが、自らも帝国と称しているのですから、次の支配者となろうとしていたことは明らかでしょう。実際にアジア諸国では「日本は植民地支配から解放してくれた国」という評価もあれば「植民地支配をした国」という評価もあります。これらの評価はそれぞれの国の当時の事情によって違ってくるでしょう。

以前、森総理大臣が「日本は神の国」と発言して問題になりました。この発言は政治の中に、日本人本来の顔がうっかり顔を出したということなのかもしれません。日本が天皇陛下を頂点とした神の国であるという独特の選民意識がその根底にあると思います。

僕にはこのような選民意識と太平洋戦争に至る経緯が無関係であるとは思えません。アジアの外れの小さな島国である日本がなぜこれほど大それたことを考え行ったのか、自分もその血を引く日本人のひとりであることを思いながら、この終戦記念日に明治から今日に至るまでの日本人の歩みを改めて振り返りたいと思っています。




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