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2017年10月30日 (月)

実験

今日は人生初の実験をしています・・・・・、という気持ちになっています。それは何かと言うと休む実験なんです。休むなんてごくごく当たり前のことですが、今日はただ休むのではなく聖書の教えに従って休んでみるという実験なんです。

どうしてそんな気持ちになったのかというとふたつの理由があります。まずは最近自分のどこかがイライラしていて、特に仕事関係のことで変なスイッチが入ることが多かったこと。もうひとつの理由は「舟の右側」というクリスチャン向け、それもコアな人たち向け?の月刊誌の内容に動かされたからです。

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それは「サーバント・リーダーシップの実践」という豊田信行牧師の連載です。そこには安息日のことが分かち合われていました。安息日とは世界を創造した神が7日目に休まれて、その日を聖としたというところから始まっています。ですから僕たち人間もも「休みなさい」ということなんです。

今回初めて知ったのですが、この「休む」の意味は言語では「止める」という意味もあるそうです。「中断」であり「活動停止」ということです。ちなみに教会で日曜日に持たれる礼拝は週の初めの日、キリストが死んでよみがえられた日ということで礼拝がささげられているので、そもそもの安息日の考え方とは異なります。

そこで僕は毎週どの日かを決めてマジに休んだらどうだろうと考えたのです。実は聖書の1日の考え方は面白くて、創世記というところを読むと分かりますが、こう書かれています。

神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕があり、朝があった。第一日。(創世記1章5節)

なんと1日は夕方から始まっているんです。ですから僕の今回の実験は夕方から始まる1日として休んでみるという実験なんです。そうすると実質休みが終わる翌日もすでに夕方ですから夜勤でもない限りは仕事はしません。ということは夜が2回、昼が1回の休みということになります。

さて問題は現代に生きる僕たちがそんなに時間の余裕があるのかということです。これまでの僕は自分の都合で休みを決めていましたし、休んでいました。しかし今回は「神がそうおっしゃっているんだから休む」というところに立ってみようと思ったんです。神の命令ならば何があっても休まざるおえません。もしそう思わなければ今も仕事をしていたはずなんです。

そしてここからが自分でも意外なんですが、聖書に教えられている神が守りなさいとおっしゃった律法について、とてもありがたいものだと思ったんです。聖書の教えというと、これまでは守れるかどうかという入り口のところで失敗をしてはあれこれ悩んできたわけですが、今日はふと、あれこれ考えずに守ればいいんだ、という不思議な気持ちになったんです。

聖書の詩篇というところには、<どれほど、わたしはあなたの教えを愛していることでしょう>なんて書いてあります。これまで、「僕には到底無理!」とどこかで知らんぷりをしてきたようなところがありますが、今回その教えに従ってまず休んでみたところ、これまで感じたことのない気持ちになっています。なんだかわからないけど「そうか!」っていう感じです。

さあ、今日のこの感じが今後どのような展開になるのかはわかりませんが(自信がありませんが・・・・・)、とにかく少しでもまともな人間になれたらどんなに良いかと思います。



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